水天需の九三:お金が手に入りそうでトラブル?この時こそ定力が試される
需卦の三爻には「需于泥,致寇至」(泥にて待ち、寇を致す)とある。チャンスが目前に迫ったときにかえってトラブルやリスクを招き、成功に近づくほど慎重さが求められ、焦る人ほどこの段階で失敗しやすい。本稿は金運やプロジェクトの最終局面の視点から、九三の警示を読み解く。
「茹でたアヒルが飛んでいく」という言葉があるが、まさに需卦の三爻のような状況のことだ。
もう少しで事が成る、金が手に入る、プロジェクトがローンチする、というところで突然アクシデントが起きる。取引先が気が変わったり、政策が厳しくなったり、社内に問題が生まれたり……。
腹立たしいと思わないか? もっと腹立たしいのは、そのアクシデントの多くが自分自身で招いていることだ。
需卦の三爻:**「需于泥、致寇至(すなわち泥に需い、寇を致して至らしむ)」**
需于泥(泥に需い):近づくほど危険になる
「需于泥」とはどういう意味だろう? 泥の中まで足を踏み入れた、ということだ。
郊外から砂浜へ、砂浜から泥地へ——水に近づくほど道は険しくなる。砂浜ならまだ踏みしめられるが、泥地は足を取られやすい。
この段階は非常に微妙だ。もう長い道のりを歩いてきて、目標は目の前、手を伸ばせば届きそうなところにある。だがこの最後の一歩が、一番歩きにくい。
なぜか? 成功に近づくほど、注意力が散漫になりやすいからだ。成功した後のことばかり考え始める——金の使い道、名声の得方、立ち回り方……。そう考えているうちに、足元に注意が向かなくなる。
しかもこの段階は、あなたを狙う人も増える。もう少しで成し遂げそうなあなたに、分け前を求める人、便乗しようとする人、あるいは単純に引きずり下ろそうとする人が現れる。
これが「致寇至」——トラブルは自分で招いている——ということだ。
「自分はちゃんと仕事をしているのに、なんでトラブルを招いたことになるんだ?」と冤罪に思うかもしれない。
考えてみてほしい。もう少しで成ると思ったとき、調子に乗っていなかったか? 言葉に慎みがなくなっていなかったか? 「自分はもう大丈夫だ」と思い込んで、あちこちで大きな口を叩いたり、約束をしたりしていなかったか?
それらがすべて「寇(トラブル)」の種になる。
致寇至(寇を致して至らしむ):トラブルはどうやって招かれるのか
最後の一歩でコケる人を、私は数え切れないほど見てきた。
EC事業をやっている友人がいた。ダブルイレブン(双十一)の前に仕入れも順調だし、サプライチェーンにも問題なし、予約販売の数字も上々だった。彼は「もう安泰だ」と思い込み、「今年はこれだけ売れる」とあちこちで話し、毎日のようにSNSに数字を晒していた。
結果はどうなったか? 予約販売の数字をライバルに見られ、先にセールを打たれて価格を下げられた。彼も売上を確保するために値下げに追い込まれ、利益は半分に減ってしまった。半年近くの努力が水泡に帰した。
別のプロジェクト担当の友人もいた。プロジェクトの検収が近づいたとき、「もう完成間近だ」と思い込み、発注先に「うちの技術はこんなにすごい、チームはこんなに優秀だ、今後はこんな計画もある」と吹聴し始めた。
発注先は「そんなにすごいのか? じゃあ機能をいくつか追加してくれ、能力があるんだから」と言い出した。追加してはまた追加、また追加……結局プロジェクトは3か月遅れ、報酬も増えず、チームはくたくたになった。
見ての通り、これらはすべて「致寇至」の典型例だ。
**トラブルが向こうからやってくるのではない。あなたがトラブルを招き寄せているのだ。** 調子に乗り、気が緩み、口が軽くなれば、トラブルは自然にやってくる。
ウェン老師(聞老師)がこんな言葉を残している:「事が成る前は、誰にも話すな。成った後も、余計なことは言うな」
昔の私は「それは慎重すぎる」と思っていた。だがいろいろな事例を見てきた今、それが自分を守る術だとわかった。
なぜ成功に近づくほど、失敗しやすいのか
普通に考えれば、成功に近づくほど経験も積み、能力も上がっているから、安定するはずだ。だが現実は逆で、成功に近い人ほどコケやすい。
なぜだろう? 私は3つの理由にまとめられると思う。
**1つ目は、心構えが変わること。**
始めたばかりの頃は、慎重だったはずだ。何も持っていないから、負けても失うものはない。一歩一歩慎重に進むから、かえって安定して歩める。
成りかけの頃は違う。手元に実績ができ、チームもできて、「自分はすごい」と思い始める。昔の慎重さは「当時は自分が未熟だったからだ」と考え、「今の自分なら、もっと自由に動いて大丈夫だ」と思い込む。
心が浮つけば、行動もブレる。行動がブレれ