水地比の六四:上司に恵まれれば10年早く出世できる
水地比の四爻に「外比之、貞吉(外に比すれば、貞なれば吉なり)」とある。賢明な人に外から親しみ、正道を守れば吉祥という意味だ。 職場ではひたすら努力するより、頼れる人や正しい上司を選ぶことが重要だが、肝心なのは「相手選び」と「接し方」だ。本稿では職場の立ち位置や上司選びの観点から、六四の成長の知恵を読み解く。
職場にこんな言葉があるけど、信じるかどうかは君次第。
「努力は3割、選択が7割」 どんなに有能でも、上司を間違えれば水泡に帰す。能力は普通でも、つく人を間違えなければ、はしごを伝って誰よりも早く上に行ける。
この言葉はちょっと「人脈論」っぽく聞こえるけど、認めざるを得ない——現実がそうなんだから。
同じ人でも、A上司の下で働けば毎年優秀な社員に選ばれて順調に昇進するのに、B上司に代わった途端、だめになって何をやっても間違い、何を言っても非難される。彼の能力が変わったわけ? 違う。ついていく人が変わっただけだ。
だから昔から「つく人を間違えず、やることを間違えな」と言うけど、「人を選ぶ」ことは「仕事をする」ことより前に来る。
『易経』の比卦の第四爻が、まさにこのことを言っている。それは「外比之、貞吉(そとにくらぶ、ていなればきち)」 だ。
外比之——自ら外に出て、頼れる人を探す
六四の位置は、陰爻が陰位にあり、上卦の一番下で、すぐ上の九五と隣り合っている。九五って何だろう? 君位、つまりトップ、最高責任者のことだ。
六四と九五はどんな関係か? 陰爻と陽爻、一陰一陽でちょうど応じ合っている。まるで部下が上司とうまくやって、上司から信頼され、重用され、抜擢されるようなものだ。
「外比之」ってどういう意味だろう?
それは——自ら外に出て親しみ、依存し、つくべき人のそばに立つ ということだ。
この「外」という字に注目してほしい。自分の小さなコミュニティの中で比べるんじゃなく、外に出て、ついていく価値のある人を探すんだ。
六四はなぜ「外比之」なのか? 自分一人だけじゃだめだってわかっているからだ。どんなに能力があっても、上に認めてくれる人がいなければ、ただ黙々と仕事をするだけの人で終わってしまう。上に応援してくれる人がいてこそ、リソースも、プラットフォームも、チャンスも手に入るんだ。
ウェン老師はよくこう言う:「駿馬は常にいても、伯楽は常にいるとは限らない」 「金はいつか輝くものだ」って思ってる? 違う。土に埋もれた金なんて、誰が見える? 掘り出してくれる人がいてこそ、金は輝けるんだ。
職場には誤解している人が多くて、「ちゃんと仕事してれば、上司が自然に見てくれる」って思ってる。
そうとは限らない。
上司は忙しいし、部下も大勢いる。なんでわざわざ君のことに注目するんだろう? 自ら動かなきゃ。お世辞を言ったり、贈り物をしたり、邪なやり方をしろって言ってるんじゃない。——自ら価値を示し、つく価値のある人に近づき、良い上司に自分を知ってもらう ことだ。
自ら動かなきゃ、チャンスなんて君のところに来るわけないだろ?
貞吉——つく人を間違えない、でも一線は譲らない
「外比之」の後に続くのは「貞吉」の二文字だ。
「貞」って何だ? 正道、一線、原則のこと。「吉」はもちろん、良い結果ってことだ。
なぜ「つく人を間違えない」のに「貞」を強調するんだろう? 権力に近づくってことは、道を踏み外しやすいからだ。
良い上司についた途端、調子に乗り出す人がいる。「上に人がいる」って思って、虎の威を借る狐になったり、同僚を見下したり、上司の名前で私利をはかったりする。
そういう人は、最後に良い目に遭わない。なぜか? 上司の信頼じゃなく、上司の権力に依存しているからだ。権力なんて、ある日突然なくなるもの。上司が代われば、真っ先にひどい目に遭う。
ほかにも、上司と仲良くなるためなら何でもする人もいる。上司に違反なことをさせられても従い、罪をかぶせられても引き受け、人を陥れろと言われれば実行する。最後に上司が不祥事を起こせば、君も逃れられない。
ウェン老師はこう言った:「人につくのは、身売りするんじゃない。ついていくのは、その人の視野、リソース、引き立てであって、その人自身じゃない」 君には君の一線があり、君の原則があり、君の判断がある。つくべきときはつき、つくべきじゃないときは断固としてつかない。
六四がなぜ吉なのか? 「貞」だからだ。自ら九五に親しむけど、一線を守り抜く。上司のために仕事をするのは、それが正しいと思うからであって、上司の言いなりになるからじゃない。お世辞ではなく、自分の能力と人柄で上司の信頼を得ているんだ。
そういう人こそ、上司は安心して重用できる。「この人は信頼できる、無茶なことはしない、