山風蠱の九三:古い癖が繰り返される時は?「幹父之蠱、小有り悔、大いなる咎なし」——強引に対処すれば波乱はあるものの、根本から解決できる
古くからの不調が繰り返される、慢性病が治らない、体が弱い時に根本から整えるには?山風蠱の九三には「干父之蠱、小有悔、無大咎」(父の遺した腐敗した事柄を正す、小さな悔いはあるが大きな咎めはなし)とある。強く取り組めば波乱はあっても根本解決でき、先延ばしほど治りにくくなる。本稿では易経の卦から健康調整の本質を解き、3ステップで根本から整える方法を紹介する。早めに取り組むほど楽になる。
古くからの持病が繰り返すのって、どんな感じだろう?
首の痛みかもしれないし、胃腸の不調かもしれない。不眠かもしれないし、腰や背中の痛みかもしれない。はっきり説明できないけど、なんとなく調子が悪い、そんな不調かもしれない。
二日良くなったかと思えば二日悪くなり、二日軽くなったかと思えば二日重くなる。もう規則性もわかってきた——疲れると悪化するし、夜更かしすると悪化する。食べ物が合わないと悪化するし、気分が落ち込んでも悪化する。
病院にも行ったし、薬も飲んだし、いろいろな方法も試したけれど、どうしても根っこから治らない。良くなったり悪くなったり、ただ繰り返すばかり。
もう諦めかけている——まあ、持病だからこんなものだ。治らないんだから、付き合っていくしかない、と。
でも心のどこかで不安で仕方ない——もしこの先ひどくなったらどうしよう?もし放っておいて大変なことになったらどうしよう?
すごく悩んでいる——持病が繰り返すけど、本当に良くなるの?どうすれば根っこから治せるの?
山風蠱(さんふうこ)の三番目の爻、九三(きゅうさん)が答えを教えてくれる——「干父之蠱(かんふのこ)、小有悔(しょううらやみあり)、大咎なし(だいとがなし)」
九三:積もった弊害を正すには、思い切った手が必要
山風蠱の卦は、積み重なった弊害を正し、問題を立て直すことを表している。
初六(しょろく)は立て直しのスタートで、柔らかく慎重に進めるため「厲(あやう)くも終わりに吉あり」——大変だけれど最終的には良い方向に向かう。
九二(きゅうじ)は柔らかい性質の問題を正す段階で、剛と柔を両立させ「貞(ただ)しきに可(よろ)しからず」——あまり厳しくこだわりすぎず、方法を考える必要がある。
九三になると、また様子が変わってくる。九三は陽爻(ようこう)が陽位(ようい)にあり、剛の上にさらに剛が重なった状態で、内卦(ないか)の一番上に位置している。
この段階での弊害の正し方はどんなものか?直接的で、強硬で、手際がよく、回りくどいことはしない。
このやり方は良いのだろうか?良い点もあれば悪い点もある。
良い点は何か?根本的な問題を解決でき、根っこから治せて、ぐずぐずしないところだ。
悪い点は何か?力を入れすぎてしまいがちで、人を傷つけたり反発を招いたりしやすく、小さな後悔や心残りが残りやすいところだ。
だから爻辞(こうじ)には「小有悔、無大咎」と書かれている。
小さな後悔や波乱はあるけれど、大きな方向性は間違っていないし、根本的な問題は解決できる。大きなズレや心残りはない、という意味だ。
『象伝(しょうでん)』にはこうある——「干父之蠱、終に咎なし」
先代から積み重なった弊害を正すことは、最終的に大きな問題にはならない。なぜか?正しいことをしているし、根本的な問題を解決しているし、正道を踏んでいるからだ。
過程で小さな摩擦や後悔、波乱があるかもしれないけれど、結果から見れば良いものだし、価値のあることだ。
これを持病の話に置き換えると、九三が伝えているのは——
一部の持病や慢性病は、いつまでも「ゆっくり養おう」と放っておいてはいけない。思い切った手を打って、根っこから治さなければならない。過程で少し苦しかったり、手間がかかったり、ちょっと後悔したりすることがあっても、ずっと我慢して悪化させるよりはずっと良い、ということだ。
なぜ持病は放っておくと治りにくくなるのか
慢性病や持病を抱えている人は多い。こうした不調は一日や二日でできたものではなく、長年積み重ねてきたものだ。
でも、多くの人はこうした不調に対してこう考えている——「ゆっくり養えばいいや」「年を取れば誰でもこんなものだ」「治そうと思っても治らないし、まあいいか」と。
そうしてずるずると先延ばしにし、我慢し続ける。
結果はどうなるか?小さな不調が大きな問題になり、慢性病が重症化し、治せるものが治せないものになってしまう。
なぜ放っておくのか?三つの理由がある。
一つ目の理由は、面倒くさがり屋だから。
体を整えるのは面倒だと思っている——食事制限もあるし、運動もしなきゃいけないし、早く寝なきゃいけないし、定期的に検査にも行かなきゃいけない。時間も労力もかかるし、考えただけで疲れるから、まあいいや、となってしまう。
二つ目の理由は、苦しむのが嫌だから。
根本から治すには思い切った手が必要だとわかっている——長年の生活習慣を変えなきゃいけないかもしれないし、少しは辛い思いをするかもしれないし、しばらく調子が悪い時期を乗り越えなきゃいけないかもしれない。考えただけで怖いから、まあいいや、となってしまう。
三つ目の理由は、楽観的すぎるから。
「そんなに悪くならないだろう」「私のこの不調はたいしたことないはず」「もう少し様子を見よう」と思っていて、自分に大変なことが降りかかるはずがないと思い込んでいる。
この三つの理由、突き詰めればたった一つの字に集約される——「怠け」だ。
変わるのが怠けるし、続けるのが怠けるし、自分に厳しくするのも怠ける。
九三は教えてくれる——もう先延ばしにするな。放っておくことこそが、一番の問題なのだ。
「小有悔、無大咎」——思い切って治療に取り組めば、過程で少し苦しかったり手間がかかったり、「なんでこんな思いをしなきゃいけないんだ」と後悔することがあっても、最終的には良い結果になる——問題が解決し、根っこから治るから、もうこの辛さに耐えなくて済む。
もしずっと放っておいたら?それこそ「大咎」——問題が深刻化して治せなくなってから、本当に後悔し、本当に面倒なことになる。
どっちがお得だろう?
数ヶ月辛い思いをして、残りの人生を楽に過ごすか?それとも、数年気楽に過ごして、最後に大きな問題を抱えるか?
この計算は誰にでもできる。ただ、誰も本気で実行しようとしないだけだ。
持病を根っこから整えるには
では、持病を根っこから治すにはどうすればいい?九三の知恵に対応した、三つのアドバイスがある。
一つ目は、まず根本的な原因を断ち切ること。
持病が持病たる所以は、根っこに原因があるからだ——生活習慣、作息、食事、感情、姿勢。
薬を飲むだけで生活習慣を変えないのは、表面的な対処に過ぎない。一生薬を飲み続けても、良くはならない。
根っこの原因を見つけ出し、断ち切らなければならない。根が断たれてこそ、病気は良くなる。
例えば不眠なら、睡眠薬を飲むだけでは意味がない。なぜ不眠になるのかを突き止めなければ——夜更かししてスマホを見ているから?ストレスが多すぎるから?寝る前にあれこれ考えすぎるから?原因を見つけて改めれば、不眠は自然と良くなる。
例えば胃腸の不調なら、胃薬を飲むだけでは意味がない。食生活を改めなければ——ドカ食いしていないか?三食のリズムが崩れていないか?冷たいものや辛いものを食べすぎていないか?改めれば、胃腸は自然と楽になる。
例えば首の不調なら、湿布を貼るだけでは意味がない。姿勢を改めなければ——毎日うつむいてスマホを見ていないか?座りっぱなしで動いていないか?枕が高すぎたり低すぎたりしないか?改めれば、首は自然と楽になる。
症状にばかり対処するのではなく、根源に手をつけなければならない。
二つ目は、厳しさを恐れないこと。
病気を治すには、治すらしい心構えが必要だ。「楽して良くなりたい」なんて思わないこと。
食事制限が必要なら制限し、運動が必要なら運動し、早く寝る必要があるなら早く寝て、習慣を改める必要があるなら改める。
自分に厳しくすれば、病気は大人しくなる。「楽したい」ばかり思っていると、病気はずっと離れてくれない。
多くの人が体を整える時に一番問題になるのは、自分に甘すぎることだ。
今日は友達に誘われたから、一回だけ特別に食べちゃおう。明日は気分が悪いから、少しくらい夜更かししてもいいか。明後日は疲れたから、運動は一日休もう。
一回例外を作れば二回目が来る。二回目があれば三回目も来る。最後には、体を整えることなんてすっかり忘れてしまう。
持病が治りにくいのは、病気自体が治りにくいからではない。人が自分に甘すぎるからだ。
自分にもっと厳しくならなければならない。続けるべきことは続け、やめるべきものはやめ、改めるべきことは改める。
しばらく厳しくすれば、一生楽になれる。お得な話だ。
三つ目は、変動を受け入れること。
「小有悔」——病気を治す過程が順風満帆なはずがない。ぶり返しがあったり、副作用があったり、一時的にもっと辛くなる時期があったりする。
それは普通のことだ。少し変動があったからといって、すぐに諦めたり後悔したりしないこと。
例えば運動を始めたばかりの頃、体中が痛くて「運動したら逆に悪くなった?」と思うかもしれない。そうじゃない、体が慣れようとしているだけだ。乗り越えれば、楽になる。
例えば食事制限を始めたばかりの頃、すごく食べたくて辛くて「人生つまらなくなっちゃう」と思うかもしれない。そうじゃない、味覚や習慣が調整されているだけだ。乗り越えれば、慣れる。
例えば早寝を始めたばかりの頃、ベッドでゴロゴロして眠れなくて「夜更かししてた方がマシだった」と思うかもしれない。そうじゃない、体内時計が調整されているだけだ。乗り越えれば、スムーズに眠れるようになる。
どんな変化にも、適応期間がある。適応期間が気持ち悪くないのなら、それは変化とは呼べない。
頑張って、一番辛い時期を乗り越えれば、あとは楽な道が待っている。
最後に
『象伝』にはこうある——「干父之蠱、終に咎なし」
深いところにある問題を正すことは、最終的に大きなズレにはならない。方向性が正しく、根本的な問題が解決されるからだ。
方向性が正しく、方法が正しく、続けられれば、持病は必ず解決できる。
ただし前提がある——自分で手をつけて治そうとすること、自分に厳しくなることだ。放っておいて解決しないことこそ、一番の問題なのだ。
山風蠱の卦の大原則は「元亨(げんこう)、大川(たいせん)を渉(わた)るに利(り)あり。甲(こう)の三日の先、甲の三日の後」——積もった弊害を正し、根っこから問題を解決することを表している。
初六はスタートで、大変だけれど最終的には吉となる。九二は方法を重視し、中道で進める。九三は思い切った手を打って難題に取り組み、小さな後悔はあっても大きな咎めはない。
三つの爻を経て、内卦の立て直しが完了する——スタートから方法重視、そして思い切った手へと、段階が深くなるほど剛さが増していく。
健康の問題も同じだ——小さな不調のうちは、気をつけて整えればいい。これは初六に対応する。はっきりしない不調がある時は、方法を考えてゆっくり整える必要がある。これは九二に対応する。でも、本当に持病や慢性病になってしまったら、思い切った手を打って根っこから治さなければならない。もう先延ばしにしてはいけない。これは九三に対応する。
放っておくほど治りにくくなるし、早ければ早いほど簡単に済む。
だから、持病が繰り返して悩んでいるなら?
もう先延ばしにせず、思い切って根っこから治そう。面倒くさがらず、苦しさを恐れず、波乱を恐れないこと。過程で少しの後悔や手間はあっても、方向性が正しければ、最終的に必ず問題は解決できる。
ずるずると我慢して悪化させ、最後に大変な目に遭うよりは、ずっと良いはずだ。
ウェン老師はこう言っていた——体は一番正直だ。あなたが一分優しくすれば、体も一分優しく返してくれる。あなたが一分適当に扱えば、体は十分に適当に返してくる。このツケは、いつか必ず払わなきゃいけない。
早く持病を整えて、体も心も軽やかで安心できる日が来ることを願っている。