直方大不習無不利:なぜ頑張って勉強しても上手くいかないのか
学習方法はどう見つける?坤の六二にある「直方大,不习无不利(まっすぐで広く大きく、無理に習わなくても不利なことはない)」が教えてくれるのは、自分に合った方法こそ最高だということ。本記事では自身の学習タイプを見極め、効率的な学習リズムをつかみ、「頑張るほど伸びない」不安を解消、自分のやり方で目標を達成するコツを紹介。
学習方法をどうやって見つけるか?
これは学生時代に最も頭を悩ませる問題の一つかもしれない。
小さい頃から、私たちは「努力しろ」「勤勉になれ」「問題をたくさん解け」「早起きして夜更かししろ」と、あまりに多くの「正しい」学習方法を刷り込まれてきた。だが、これらの方法が自分に合っているかどうかを教えてくれる人はほとんどいない。
結果として、何十年も勉強しているのに、本当に自分に合った学習方法を見つけられていない人が多い。
こんな経験をしたことはないだろうか——
他人が「この方法がいい」と言えば、すぐに真似する。「問題を解くのが効果的だ」と聞けば、問題集を山ほど買って解きまくる。「単語を暗記すると役立つ」と聞けば、毎日100個ずつ覚える。「早起きすると効率がいい」と聞けば、6時の目覚ましをかけて無理やり起きる。
結果はどうだった?
問題をたくさん解いたのに、成績は上がらない。単語を暗記したのに、すぐに忘れてしまう。早起きはしたものの、午前中はぼんやりして何も頭に入らない。
あなたは自分を責め、「自分の努力が足りない」「自分がバカなんだ」と思い込む。
実はそうじゃない。
方法を間違えているだけだ。他人の方法を学んでいるのであって、自分自身の方法を学んでいるわけではない。
坤卦六二に「直方大、不習無不利(ちょくほうだい、ならわざるもとうしからず)」という言葉がある。まさにこのことを言っている——自分の本性に従って進めば、わざわざ他人のやり方を真似しなくても、自然と不利なことは何もない、と。
---
坤卦六二は、一体何を言っているのか
坤卦六二の爻辞は「直方大、不習無不利(ちょくほうだい、ならわざるもとうしからず)」である。
この8文字を、多くの人が誤解している。
「勉強しなくても大丈夫だという意味だ」と言う人がいる。そんなバカな話があるものか。世の中に、勉強しないでできるようになることなんてありはしない。
また「品性が正直で端正な人は、学ばなくても問題ない」と言う人もいる。それも少し突飛すぎる。
坤卦六二の爻は、実は坤卦の中で最も純粋な爻だ。なぜか?陰爻が陰位にあり、しかも中位に位置しており、中を得て正しく、位置がちょうど良いからだ。大地のようなもの——大地はそれ自体であり、天を真似る必要も山を真似る必要もなく、ただ大地の務めを果たせばいい。
だから「不習無不利」の本当の意味は——わざわざ他人の姿を学ばなくても、自分自身の本性に従えば、間違ったことは何もない、ということだ。
『象伝』には「六二之動、直以方也。不習無不利、地道光也(六二の動きは、直にして方なり。習わざるも不利なきは、地道の光なり)」とある——六二の行動は正直で端正だ。わざわざ真似しなくても大丈夫なのは、大地の法則がもともと光明で堂々としているからだ。
大地は誰かを真似する必要があるだろうか?ない。ただ静かにそこにあり、万物を支え、万物を育む。それが大地の持ち味なのだ。
人も同じだ。
誰もが自分だけの学習リズム、学習方法、学習習慣を持っている。毎日他人の方法をうらやむより、まず自分がどういう人間なのかをはっきりさせたほうがいい。
坤卦六二の「直・方・大」という3つの言葉は、自分自身の方法を見つける前に、まず持っておくべき3つのものを指している。
---
直:自分を騙さない。できないものはできない、と認めること
まず「直」について。
「直」とは何か?正直さのことだ。道徳的な正直さではなく、自分自身に対する誠実さのことだ。
多くの人にとって、勉強の最大の問題は頭が悪いことではなく、自分自身を欺いていることだ。
例えば単語の暗記。単語帳をざっと眺めて「見たことがある」と感じただけで、「覚えた」と思い込む。いざ試験になると、まるでできない。
例えば問題演習。答えを見て「ああそうだったのか、わかった」と思っただけで、次に進んでしまう。次に同じ問題に出会っても、やっぱり解けない。
例えば授業。先生が前で話しているのを、下でうなずきながら「わかった」と思う。授業が終わって宿題をやろうとすると、途方に暮れる。
これが「直でない」状態だ。自分自身に誠実ではない。「見たことがある」を「学び取った」と勘違いし、「聞いてわかった」を「使いこなせる」と勘違いしている。
なぜそうなるのか?自分ができないと認めるのは、居心地が悪いからだ。自分がバカだと思われたくない、自分が遅いと思われたくない、という気持ちがある。
だが自分を騙せても、試験は騙せない。
坤卦六二の「直」は、まず自分に正直になりなさい、と教えてくれている。
できないならできないと言え、わからないならわからないと言え、遅いなら遅いと認めろ。恥ずかしいことなんて何もない。
逆に、無理して「できる」と言い張っている人は、最後に損をするのは自分自身だ。
私の知っている女子大生がいた。大学院受験の時、毎日夜中の12時まで勉強していた。見た目はとても努力しているように見えた。だが彼女には「見せかけの勉強」をする癖があった。どういうことか?自分が解ける問題ばかりを選んでやるのだ。解けると達成感があるからだ。解けない問題は、避けて通る。
結果はどうだった?2年連続で不合格になった。
3年目、彼女は考えを改め、見せかけの勉強をやめた。毎日、解けない問題ばかりを選んで取り組んだ。わからない知識点を、一つずつ丁寧に潰していった。一つ潰せば一つ身につく、一つ身につけば一つ得をする、という調子で。
その年、彼女は合格した。
彼女はこう言っていた。「以前はたくさん勉強したつもりになっていたけど、実際は足踏みしていただけだった。本当に進歩し始めたのは、自分ができないと認めた時からだ」と。
ほら、これが「直」の力だ。
自分に誠実であることは、どんな勉強法よりも効果的だ。
---
方:筋道を立てる。あちこち手を出さないこと
次に「方」について。
「方」とは何か?端正で、筋道が通っていることだ。
多くの人は、勉強の仕方がまるで頭の飛んだハエのようだ。今日は数学が苦手だと思えば数学を勉強し、明日は英語が苦手だと思えば英語を勉強し、明後日は「誰かが政治を暗記している」と聞けば、慌てて政治の暗記を始める。
長時間勉強しても、どの科目も少しずつかじっただけで、どれも深く理解できていない。
これが「方でない」状態だ。筋道もリズムもなく、あちこちに手を出している。
坤卦六二の「方」は、勉強には筋道が必要だ、と教えてくれている。
筋道とは何か?他人のスケジュール通りにやらなければならない、ということではない。自分自身のリズムを持つことだ。
例えば、朝が一番頭が冴えるなら、一番難しい内容を朝に持ってくればいい。夜が一番効率がいいなら、重要なことを夜に安排すればいい。
「朝はゴールデンタイムだ」なんて他人が言っても気にするな。他人にとってのゴールデンタイムが、自分にとってはゴミの時間かもしれない。
それから、勉強には重点が必要だ。
何もかも学んで、何もかもマスターすることなんてできない。まずはっきりさせるべきなのは——どれが絶対にできるようにならなければならないのか、どれは知っていればいいのか、どれは捨ててもいいのか、ということだ。
時間を最も重要なところに使うことが、何よりも大切だ。
私の昔の同級生に、成績がずっと中くらいの男がいた。ある時、彼は一つのことに気づいた——全科目で高得点を取る必要はない、取れる点数を全部取ればそれで十分だ、と。
そこで彼は過去問を徹底的に研究し、各科目の出題ポイントを重要度順に並べた。最も核心的なポイントは繰り返し練習し、目をつぶっても正解できるまで仕上げた。次要のポイントはできるだけ身につけるようにした。偏った問題や奇問は、完全に捨てた。
たったこれだけの調整で、彼の成績は一気に上がった。
彼はこう言っていた。「以前はたくさん勉強するほどいいと思っていたけど、後になってわかったのは、的確に勉強するほどいい、ということだ」と。
ほら、これが「方」の意味だ。
筋道があり、重点があり、リズムがある。むやみに忙しいのではなく、効率的に忙しいのだ。
---
大:視野を広く持つ。一回の試験の結果にこだわらないこと
最後に「大」について。
「大」とは何か?広大で、視野の広いことだ。
多くの人は、勉強すればするほど不安になる。なぜか?視野が狭すぎるからだ。
一回の試験で悪い点を取っただけで、天が崩れ落ちたように感じる。一問解けないだけで、自分はバカだと思い込む。他人が自分より数点多く取っただけで、慌ててたまらなくなる。
そんな小さなことばかりに目を向けていたら、不安になるのも当然だ。
坤卦六二の「大」は、視野を広く持ちなさい、と教えてくれている。
それを学ぶのは、一回の試験のためでも、一回の順位のためでもない。自分自身のためだ。自分の人生の基礎を築いているのだ。
今日学んでいる数学は、将来使わないかもしれない。だが数学で鍛えられる論理的思考は、一生役に立つ。今日暗記している英単語は、試験が終われば忘れるかもしれない。だが英語を学ぶことで開かれる窓は、あなたをもっと大きな世界へと導いてくれる。
ウェン老師はよく「勉強は他人に勝つためではなく、自分自身を成し遂げるためだ」と言っている。
あなたが成し遂げるのは自分自身であって、成績表の数字ではない。
視野が広くなれば、多くのことが気にならなくなる。
一回の試験で悪い点を取ったって、どうってことない。次回頑張ればいい。一問解けなくたって、どうってことない。覚えればそれで得をする。他人が自分より優れていたって、どうってことない。自分は自分の勉強をし、相手は相手の勉強をする。それぞれの道があるだけだ。
心が安定すれば、効率は自然と上がる。
---
自分に合った学習方法を見つけるには
「直」「方」「大」がそろったら、次は自分自身の方法をどう見つけるかだ。
実はそんなに複雑なことではない。たった3つのことをすればいい。
**一つ目:試すこと。**
他人が「この方法がいい」と言ったからといって、すぐに信じ込まないこと。自分で実際に試してみることだ。
この方法を1週間試して、効果がどうか確かめる。あの方法を1週間試して、比べてみる。たくさん試していれば、自然とどれが自分に合っているかわかるようになる。
靴を買うのと同じだ。他人が「この靴は履き心地がいい」と言っても、自分で履いてみなければわからない。足に合うかどうかは、自分が一番よくわかる。
学習方法も同じで、一番いい方法なんて存在しない。自分に一番合っている方法が、一番いい方法なのだ。
**二つ目:記録すること。**
勉強しながら、ついでにメモしておくといい——今日は何を学んだか?どれくらい時間をかけたか?効果はどうだったか?調子がいい時に学び進めたのか、それとも調子が悪いのに無理して頑張ったのか。
しばらく記録してから振り返ると、はっきりとわかるようになる。
「ああ、私は朝に数学を勉強するのが一番効率がいいんだ」「ああ、私は午後が一番眠くなるから、頭を使わない作業をするのに向いているんだ」「ああ、私は2時間以上連続で勉強するとダメになるから、途中で休憩を入れなきゃいけないんだ」。
これらはあなた自身のデータだ。他人が何万回言うよりも、ずっと役に立つ。
**三つ目:あれこれ手を出さないこと。**
自分に合った方法を見つけたら、着実に進めていくことだ。今日「これがいい」と聞いたからといってすぐ変え、明日「あれがいい」と聞いたからといってまた変える、なんてことはしないこと。
あれこれ変えていると、方法を変えることに時間を浪費してしまい、実際に学び取れるものは少なくなってしまう。
選んだら、それを坚持する。しばらく続ければ、自然と効果が出てくる。
---
最後にひとこと
ここまで長く話してきたが、実は坤卦六二の「不習無不利(ならわざるもとうしからず)」という言葉の核心はたった一つ——
他人を学ぶのではなく、自分自身を学べ、ということだ。
他人の方法がどんなに優れていても、それは他人のものだ。自分自身のリズム、自分自身のやり方、自分自身の道を見つけなければならない。
これは聞くと簡単そうだが、実はかなり難しい。
何が難しいのか?自分が他人より遅いかもしれない、自分には合わない方法があるかもしれない、自分は他の人とは違う道を歩まなければならないかもしれない——それを認めなければならないことだ。
それを認めるには、勇気がいる。
だが認めてしまえば、あなたは自由になれる。
他人と比べる必要もなくなり、不安になる必要もなくなり、自分を疑う必要もなくなる。ただ安心して、自分のリズムで、一歩一歩前に進めばいい。
歩みが遅くても大丈夫だ。方向が合っていれば、いつか必ずたどり着ける。
時代は変わり、方法はどんどんシンプルになっていく。だが一つだけ、ずっと変わらないことがある——自分に一番合っているものが、一番いいものだ、ということだ。
直方大。
まず自分に誠実な人間になり、次に筋道の通った人間になり、最後に視野の広い人間になる。
この3つができれば、他人を学ばなくても、あなた自身が一番いい方法なのだ。