剥卦六四:どん底に落ちた感じは?「剥床以膚」——底をついたら反発する
剥卦の六四には「剥床以膚、凶」(ベッドが剥がれて肌に及ぶ、凶)とあり、剥がれが肌にまで達して人そのものを直接傷つける、剥卦で最も凶悪な爻の一つだ。だが最悪の事態は、往々にして好転の始まりでもある。本稿では低谷からの再生の視点から、剥卦六四の窮地における知恵を読み解く。
剥卦は下へ下へと進み、六四に至っては、すでにかなり悪い状態だ。
初六——ベッドの足が壊れ、問題はまだ表に出ていない。
六二——ベッドの本体が壊れ、あなたもそれを感じ始める。
六三——去れる者は去ってしまい、あなたにはまだ身を引く選択肢が残っている。
六四になると、爻辞には「剥床以膚、凶(はくしょういふ、きょう)」と記されている。
剥がれが肌にまで及んでいる、という意味だ。どういうことか?それは、あなた自身に直接的なダメージが及んでいるということだ。
お金でも、仕事でも、恋愛でもない——あなたという人間そのものが、皮を一枚剥がれるような状態なのだ。
痛いか?もちろん痛い。
凶(きょう)か?もちろん凶だ。
だけど知っているかい?
剥卦で最も凶の爻は、往々にして転機の始まりでもある。
底まで落ちれば、それ以上は落ちないからだ。
底に着いたら、今度は反発する番だ。
どん底に落ちるって、どんな感じ?
どん底を経験したことがない人には、その感覚は永遠に想像もつかない。
どん底に落ちるのは「お金がなくなること」だと思っている?
違う。お金がないよりも辛いのは、絶望だ。
それはつまり——
頑張っても、無駄。
もがいても、無駄。
助けを求めても、やっぱり無駄。
自分が少しずつ落ちていくのを見ながら、何も掴めない。
天に叫んでも応えはなく、地に叫んでも響かない。
生きている意味って、一体何なんだろう?と疑い始めさえする。
具体的にはどんな様子なのか?
一つ目は、自分が何の取り柄もないように感じること。
以前は自分のことをまあまあだと思っていた。仕事もまあまあ、容姿もまあまあ、人付き合いもまあまあ。
どん底に落ちると、自分の欠点ばかりが目につくようになる。
なんで私はこんなに役に立たないんだろう?
なんでこんな風に生活が崩れちゃったんだろう?
私って一生このままなのかな?
自信はすっかり剥ぎ取られてしまう。
自分で自分のことを、見下げるようになる。
二つ目は、誰も助けてくれないと感じること。
順風満帆なときは、友達が大勢いた。
食事には付き合ってくれる人がいるし、飲みにも来てくれる人がいるし、困ったときは助けてくれる人もいた。
どん底に落ちて初めて気づく——
連絡がつかなくなる人もいれば、
あなたを避けて通る人もいる。
口では慰めてくれるけど、心の中ではあなたを笑いものにしている人だっている。
連絡先を全部探し回っても、電話できる相手が一人も見つからない。
人混みの中にいても、ひどく孤独だと感じる。
三つ目は、希望が見えないと感じること。
一番怖いのは貧しさでも、困難さでもなく、先が見えないことだ。
こんな日々があとどれくらい続くのか、わからない。
いつになったら良くなるのか、わからない。
良くなることなんて、あるのかどうかすらわからない。
毎朝目が覚めると、今日もまた同じ散らかった状況に向き合わなきゃいけないと思うと、起きる気がしなくなる。
毎晩ベッドに横になっても、明日も同じだと思うと、眠れなくなる。
この感覚こそ、まさに「剥床以膚」なのだ。
肉にまで、骨にまで剥がれが及び、ボロボロになってしまう。
だけど知っているかい?どん底は、始まりでもある
どん底から這い上がってきた人を、私は大勢見てきた。
彼らは後で皆こう言う——
あの一番辛かった日々に、感謝している、と。
底まで落ちたからこそ、何が一番大切かわかった。
何もかも失ったからこそ、何も怖くなくなった。
なぜどん底が人を生まれ変わらせるのか?
一つ目の理由:やっと見えるようになったから。
上にいるときは、見えなかった。
拍手に包まれ、花に包まれ、いろんな声に包まれていた。
誰が本気なのか、何が大切なのか、自分にはどれくらいの実力があるのか、わからなかった。
底まで落ちて、やっと見えるようになった。
誰がそばにいてくれて、誰がすぐに去っていくのか——見えた。
何が自分にとって大切で、何が取るに足らないことなのか——見えた。
自分が一体何者で、何ができて何ができないのか——それも見えた。
人間は皆そうだ。転んで初めて、痛みを知る。
痛くなって初めて、学ぶのだ。
二つ目の理由:やっと手放せたから。
以前は体裁を繕い、気丈に振る舞い、見栄を張っていた。
面子が欲しかったし、体裁も欲しかった、他人に「幸せそう」だと思われたかった。
どん底に落ちたら、何もかもなくなった。
面子?いくらするものなの?
体裁?飯の食い物になるの?
他人がどう思うか?知ったこっちゃない。
荷物を全部下ろしたら、逆に気が楽になった。
どうせこんなもんだ、これ以上悪くなるわけない。
裸足の者は、靴を履いた者を怖れない。
何も怖くなくなったら、何でも思い切ってやれるようになる。
三つ目の理由:やっとやり直せるようになったから。
以前の人生は、古いレールの上を走っていた。
何年も走っているうちに、その道から離れられなくなって、変わろうと思っても変われなかった。
今はもう、古いレールは完全に途切れてしまった。
別の道を歩まざるを得なくなった。
道を変えるのは、もちろん痛い。
だけどもしかしたら、新しい道には、もっと素晴らしい景色が待っているかもしれない。
後に成功した人の多くは、追い込まれてそうなったのだ。
追い詰められていなかったら、一生元の場所に留まっていたかもしれない。
ぼんやりと、ただそこにいるだけの人生だったろう。
どうやってどん底から這い上がる?
正論だけを並べるのは簡単だけど、実際に這い上がるのは、とても難しい。
だけどどんなに難しくても、這い上がらなきゃいけない。
どうやって?三つのステップがある。
一歩目:受け入れること。
自分と争わない、運命と争わない。
落ちたものは落ちた、負けたものは負けた、崩れたものは崩れた。
現実を受け入れるのは、負けを認めることじゃない。
やっと目を開けて、自分の置かれた状況をはっきり見ることなのだ。
受け入れなければ、ずっと感情の中で堂々巡りするだけ。
人や環境のせいにして、自分を嘆いていても、何も変わらない。
受け入れて初めて、解決策を考え始められる。
受け入れて初めて、本当に立ち上がれる。
二歩目:焦らないこと。
どん底に落ちたら、絶対に焦ると思う。
すぐに立て直したい、すぐに良くなりたい、と。
だけど言っておく——焦れば焦るほど、失敗しやすくなる。
早く這い上がろうとすればするほど、手を滑らせて、もっとひどく落ちてしまいやすい。
ゆっくり行こう。
まずは食べていける仕事を見つけて、住む場所を確保して、日々を過ごせるようにする。
まずは体を整えて、気持ちを落ち着けて、基本的なことをちゃんとやる。
一歩ずつ進めばいい。
歩みが遅くても大丈夫、方向が合っていて、前に進み続けていれば。
いつか、きっと抜け出せる日が来る。
三歩目:一人で抱え込まないこと。
どん底にいるときは、自分を閉じこもらせがちだ。
上手くいっていないから、人に会うのが恥ずかしいと思う。
話したところで何も変わらない、言わない方がマシだと思う。
だけど知っているかい?
一人で抱え込めば込むほど、おかしくなりやすい。
自分を閉じこめれば閉じこめるほど、考えが凝り固まりやすい。
何もかも一人で背負い込まないで。
信頼できる人を見つけて、話してみて。
何の助けにもならなくても、話すだけで、少しは気が楽になる。
たった一人でもそばにいてくれる人がいれば、あなたはこう思えるはず——
大丈夫、私は一人じゃない。
まだ頑張れる。
最後に
剥卦六四の「剥床以膚、凶」は、本当に凶だ。
だけど覚えておいて——
剥卦の次には、すぐに復卦が続く。
復卦とは何か?一陽来復、万物が蘇り、春が再び来ることだ。
底まで剥がれなければ、復の始まりは来ない。
どん底まで落ちなければ、反発する力は生まれない。
一番深い闇を経験しなければ、光のありがたさはわからない。
もし今あなたがどん底にいるのなら、
もし今とても辛いと感じているのなら、
もし今希望が何も見えないのなら——
もう少しだけ、頑張ってみて。
もう少しだけ、耐えてみて。
もう一歩だけ、前に進んでみて。
一番暗いときは、夜明けが近いときだから。
どん底に落ちた後は、どの一歩も、上へ向かう一歩になるから。