大過卦九四:なぜ人は担うほど強くなるのか「棟隆之吉」——下から支える人がいるからこそ、上は安定する
同じプレッシャーに直面しても、押しつぶされる人と、負担に耐えて強くなる人がいるのはなぜだろう?沢風大過の九四が教えてくれるのは、重要なのは自分がどれだけ強いかではなく、下から支えてくれる人がいるかどうかだということ。棟木が曲がらないのは自身の力ではなく、下の柱がしっかり支えているからだ。
同じプレッシャーでも、なぜ結果が違うのだろう?
プレッシャーが来た途端に潰れてしまう人もいれば、
プレッシャーが大きいほど、かえって強くなる人もいる。
その差はどこにあるのだろう?
大過卦の九四にはこうある:「栋隆,吉,有它吝。」(棟隆りて吉、他に吝あり)
棟木が上に反り返っていれば吉だが、他に問題があればやはり困難が生じる、という意味だ。
同じ棟木でも、九三は「栋桡」(棟撓る)——下にたわんで凶。
九四は「栋隆」(棟隆る)——上に反り返って吉。
なぜ同じ一本の棟木で、これほど差が出るのだろう?
それは九三の下は空っぽだが、九四の下には支える人がいるからだ。
棟木がたわまないのは、下に柱があるから
一本の棟木がなぜ上の重さを支えられるのだろう?
棟木自体がどれほど硬いからではない。どんなに硬い棟木でも、スパンが大きすぎればたわむ。
棟木の下に柱があるからだ。
柱が多いほど、棟木は安定する。
柱が太いほど、棟木が支えられる重さは大きくなる。
人も同じだ。
大きな事をやり遂げられる人は、自分自身が特別に強いからだと思っていないか?
それだけではない。
よく見てごらん。大きな事を成し遂げる人の背後には、必ず彼を支える人たちがいる:
- 起業に成功した人の背後には、頼れるチームがある
- 家庭が幸せな人の背後には、彼を支える家族がある
- 仕事が順調な人の背後には、彼を信頼する友人たちがいる
表面的には彼一人が担っているように見えるが、実際には多くの人が下から支えているのだ。
これが九四と九三の違いだ:
九三は「自分一人で担わなければ」と思い込み、結局支えきれずにたわんでしまう。
九四は「人を頼って一緒に担おう」と知っているから、担えば担うほど安定し、上に反り返っていく。
なぜ多くの人は人に頼るのを嫌がるのか
理屈はわかっていても、なぜ多くの人は自分一人で担うのが癖になっているのだろう?
理由は三つある。
理由その一:人に頼るのは弱さだと思っている
小さい頃から「自分の事は自分でやりなさい」「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられてきた。
だから多くの人は、「人に頼る=自分が役立たず」だと思い込んでいる。
でも考えてみてごらん:
- 風邪をひいて医者にかかるのは、弱さだろうか?
- 引っ越しで引越し業者を頼むのは、弱さだろうか?
- わからない事を人に聞くのは、弱さだろうか?
どれも違う。
人に頼るのは弱さではなく、効率だ。
一人で三日かかる仕事も、三人なら一日で終わる。
一人では持てない物も、三人なら持てる。
一人では悩んでも答えが出ない問題も、三人で話せば解決する。
なぜわざわざ一人で担わなければならないのだろう?
理由その二:人の情けに借りができるのが嫌だ
「人の情けは借金のようなもので、借りたら返さなければならない」と思っている人もいる。
自分でできる事は絶対に人に頼まない。
自分でできない事も、無理してでも自分でやろうとする。
でも考えたことがあるだろうか:人間関係は「お互いに迷惑をかけ合う」ことで生まれるのだと。
あなたが私を一度助け、私があなたを一度助ける。そうやって行き来するうちに、関係は近づいていく。
「友達が多ければ道は開ける」というのは、知り合いが多いという意味ではなく、お互いに助け合った事のある人が多いという意味だ。
一度もお互いに迷惑をかけたことがない人同士の関係は、いつまでも薄いままだ。
よくお互いに助け合う人同士の関係は、どんどん深くなっていく。
人の情けは借金ではなく、人間関係の通貨なのだ。
あなたが少しずつ貯め、私が少しずつ貯めることで、関係は厚くなっていく。
理由その三:他人は頼りにならないと思っている
また別のタイプの人もいる。人に頼りたくないわけではなく、頼るのが怖いのだ。
以前人に頼んだら、ひどい目にあったり、断られたり、裏切られたりしたことがあるからだ。
だから彼らは「誰に頼るより自分に頼るのが一番」と結論づける。
この言葉には一理あるが、偏見も含まれている。
一人二人が頼りにならないからといって、誰もが頼りにならないわけではない。
一度人に頼んで失敗したからといって、毎回失敗するわけではない。
あなたの仕事は「頼りになる人を全員見つける」ことではなく、「本当に頼りになる数人を見つける」ことだ。
一人二人の頼れる人がいれば、百人の飲み友達よりも心強い。
下から支えてくれる人を作るには
ではどうすれば「下に支えてくれる人」を作れるのだろう?
口で言うだけではだめだ。三つの事が大切だ。
一つ目:まず自分が人を支えること
人に支えてもらいたいなら、まず自分が人を支えなければならない。
人と人の関係は、本質的には交換だ。
あなたが助けた人が多いほど、あなたが困った時に助けてくれる人も多くなる。
これは打算ではなく、常識だ。
理由もなく人を助けてくれる人などいない。
助けてくれるのは、あなたが以前彼を助けたからか、将来あなたが助けてくれると彼が思っているからだ。
だから普段から人の情けを貯めておけば、困った時に助けてくれる人が現れる。
自分が支えきれなくなってから、慌てて人に頼ろうとしても遅い。
普段から人に手を貸していれば、あなたが必要な時には自然と手を差し伸べてくれる人が現れる。
二つ目:正しい人を見つけること
誰もがあなたを支えられるわけではない。
間違った人を頼ったら、支えてくれないどころか、道を踏み外させられる可能性もある。
どんな人が「正しい人」なのだろう?三つの基準がある:
一つ目、能力があること。 彼自身がしっかり立っていてこそ、あなたを支えられる。彼自身がふらふらしていたら、どうやって助けられるだろう?
二つ目、助ける意思があること。 彼があなたを助けたいと思っていること。能力がとても高くても、あなたとの関係が普通なら、あなたが困っても手を貸してくれるとは限らない。
三つ目、節度があること。 助けてくれるけれど、それであなたを見下したり、あちこちに話したりしないこと。助けた上にあなたを気持ちよくさせてくれるのは、本当にできた人だ。
この三つをすべて満たす人は、多くなくても三、五人いれば十分だ。
人生に三、五人の頼れる友人がいれば、どんな困難も乗り越えられる。
三つ目:人を使い捨てにしないこと
人に頼む時はとても積極的なのに、用が済んだらほったらかしにする人がいる。
こういう人は、一回二回ならまだしも、回数が重なれば誰も助けたくなくなる。
人に助けてもらったら、その事を忘れてはいけない。
- 口で「ありがとう」と言う
- 心にその情けを刻む
- 次に彼が困った時は、自分も手を差し伸べる
お互いに支え合ってこそ、長く歩いていける。
人に支えてもらうばかりで、自分は人を支えないのなら、いつか相手は手を離してしまう。
「有它吝」はどういう意味か
九四の最後には「有它吝」(他に吝あり)という三字がある。
どういう意味だろう?
つまり、棟木が反り返っているのは良い事だが、他に問題があればやはり困難が生じる、という事だ。
例えば:
- 下に柱が支えているのは良い事だが、柱自体が不安定なら、やはり倒れてしまう。
- 人に助けてもらえるのは良い事だが、自分自身が努力しない、どうしようもない人なら、他人も助けようがない。
- チームが優秀なのは良い事だが、方向が間違っていれば、優秀であるほど早く失敗する。
他人が支えてくれるのは外因であり、自分自身がしっかり立っているのは内因だ。
内因がしっかりしていなければ、外因がどれほど強くても意味がない。
だから九四はこう教えてくれる:人に頼るのは間違いではないが、自分自身もしっかりしなければならない、と。
九四が私たちに与えてくれる示唆
大過卦の九四は、陽爻が柔らかい位にある。
陽爻であることは、力があり、困難を担えることを示す。
柔らかい位にあることは、強がらず、人の力を借りる事を知っていることを示す。
これが最も理想的な状態だ——
自分自身に力はあるが、無理して一人で担わない。人の力を借りる事を知っているが、依存はしない。
だからこそ吉なのだ。
もし今あなたが大きなプレッシャーに直面しているなら:
一つ目、「自分一人で担わなければならない」と思わないこと。 人に頼るのは恥ずかしい事ではない。無理して潰れてしまう方が恥ずかしい。
二つ目、普段から人の情けを貯めておくこと。 あなたが助けた事のある人だけが、あなたが必要な時に助けてくれる。
三つ目、自分自身もしっかりすること。 他人はあなたを一押ししてくれるだけで、道は自分で歩まなければならない。
「棟隆りて吉」なのは、一本の棟木だけの勝利ではない。
一本の棟木と、その下にあるすべての柱の勝利なのだ。