人間関係の上手な築き方は?大有卦上九が教える、誰からも助けたくなる自分になる最良の人脈術
人間関係をうまく築くにはどうすればいい?どこへ行っても助けてくれる人がいる人の共通点や、好かれる人になる方法は?火天大有の上九に「自天祐之、吉無不利」とある——天は自ら助くる者を助くるように、人脈は取り入るのではなく、自らの魅力で引き寄せるものだ。
人間関係をうまく築くにはどうすればいい? 多くの人が頭を悩ませている難題です。
こんなふうに思い悩んだことはないだろうか——自分は人付き合いが下手だと感じている。友達は少ないし、同僚ともうまくいかないし、困ったときに頼れる人も見つからない。周りを見れば友達が多く、どこへ行っても面倒を見てくれる人がいるのが、とても羨ましい。
そこであなたは学び始める。話し方、贈り物の選び方、人の褒め方、コミュニティへの溶け込み方……。たくさんのWeChatグループに参加し、数え切れないほどの食事会に出向き、名刺をたくさん集める。
だが次第に気づく。無駄だった、と。
WeChatを交換した人とは一度も話したことがない。一緒に食事をした「友達」は、席を立てばあなたのことなど忘れてしまう。本当に困ったとき、連絡先を全部探し回っても、助けを求められる人は一人も見つからない。
ひどく挫けてしまう。いったい何が悪いのだろう? 口が上手じゃないから? それとも要領が悪いから?
火天大有卦の最終爻である上九は、こう答えてくれる——「自天祐之、吉無不利(天からの恵みを受け、吉であって不利なし)」。
自天祐之:運ではなく、あなたにそれだけの価値があるから
上九は火天大有卦の六番目の爻であり、最後の爻でもある。
この爻にたどり着いた状態とはどんなものだろう? お金も地位も、資源も人脈も、影響力も——何もかもを手に入れた状態だ。大有の極み、絶頂期と言える。
ここまで来ると、普通の人はどうなるだろう? 有頂天になり、思い上がり、自分がすごいと思い込む。
だが上九は違う。上九は陽爻が陰位にある——実力はあるが派手にせず、地位はあるが横柄にならず、何もかもを手にしているのに、自分の手柄だとは思わない。柔らかく振る舞い、譲り合い、感謝の気持ちを忘れない。
だからこそ「自天祐之」——天までが彼を助け、見守ってくれるのだ。
なぜ天が彼を助けるのか? 彼にそれだけの価値があるからだ。
天の恵みとは、棚ぼたの幸運でも、何の前触れもなく訪れる幸運でもない。一歩一歩正しく歩んできたからこそ、最終的に自然とたどり着く状態なのだ。
考えてみてほしい。火天大有卦の初九から上九まで、どんな道のりを経てきたのか。
初九は、底辺を守り、むやみに友達を作ったり無駄なことに手を出したりしない。困難な状況でも咎められることはない。
九二は、包容力があり、大きな車に荷物を載せるように、実力はあってもひけらかさない。
九三は、正道を歩み、天子に仕えるように、邪な道には頼らない。
九四は、慎み深さを知り、派手に振る舞わず、実力があっても思い上がらない。
六五は、人々の信頼を得て、誠実さで人と接し、威厳も備わっているから、誰もがあなたに従う。
一歩一歩上九まで歩んできて、初めて「自天祐之」と言える資格が得られるのだ。
天の恵みは運ではない。自らが磨き上げ、積み重ねてきた、当然の報いなのだ。
これは人間関係において、なおさらはっきりする道理だ。なぜ「どこへ行っても誰かが助けてくれる人」がいるのか? 要領がいいからでも、口が上手いからでもない。彼が誠実で、思いやりがあり、価値のある人だからだ。
彼と付き合えば、安心できるし、心地よいし、学ぶこともあるし、得るものもある。そんな人を、誰が助けたくないと思うだろう?
誰もが彼を助ける——それこそが「自天祐之」ではないか。天が奇跡を起こしているのではなく、彼の人柄、度量、言動が自然と、良い人や良い事柄を引き寄せているだけなのだ。
吉無不利:何をしてもうまくいくのには理由がある
吉無不利——つまり、何をしても成功し、どう歩んでも順調で、誰もが助けてくれ、あらゆる資源があなたに集まってくる状態だ。
まるで「チートを使っている」ように聞こえるだろう?
だがよく考えればわかるはずだ。あなたが「誠実で、価値があり、誰もが助けたくなるような人」になれば、何をしてもうまくいくのは当然ではないか。
仕事をすれば、資源を提供してくれる人、橋渡しをしてくれる人、一緒に働きたいと言ってくれる人が現れる。
困ったときには、手を貸してくれる人、アドバイスをくれる人、黙って道を整えてくれる人がいる。
良いアイデアがあれば、投資してくれる人、仲間に加わりたい人、広めてくれる人が現れる。
そんな人が、うまくいかないはずがないだろう?
だが多くの人は、因果を逆に考えている。「あの人は運がいいから、誰もが助けてくれるし、何をしてもうまくいくんだ」と思っている。
実際は違う。先に「そういう人」になったからこそ、良いことが次々と訪れるのだ。
火天大有卦の上九の卦象が教えてくれるのは、人間関係の本質は「駆け引き」ではなく「引き寄せ」だということだ。
コミュニケーション術を学んだり、コミュニティに顔を出したり、人に取り入ったりするのは、すべて「外に求める」行為だ。外に求めて得られるものは、表面的で、一時的で、頼りにならない。
では「内に求める」とはどういうことか? 自分自身をしっかりさせ、腕を磨き、人柄を磨き、度量を大きくする。そうすれば、自分から人に頼まなくても人が集まってくる;人脈を探さなくても、人脈のほうからやってくる。
これが「吉無不利」の根底にある論理だ——あなた自身が正しければ、すべてがうまくいく。
ウェン老師はよくこう言う。「毎日どうやって人脈を作るかばかり考えるな。まずは自分自身をしっかりさせることを考えろ」と。
あなたに価値があれば、人脈は自然にやってくる。価値がなければ、どれだけコミュニティに顔を出しても無駄だ。コミュニティには「入り込む」ものではない。あなたがそのレベルに達すれば、自然と受け入れられるものなのだ。
なぜ「どこへ行っても誰かが助けてくれる人」がいるのか
具体的に、どんな人が「どこへ行っても誰かが助けてくれる」のかを見ていこう。
一つ目は、「誠実で頼りになること」。
頼りになるというのは、簡単そうに聞こえるが、実際にできている人は少ない。頼りになる人とはどんな人か? 約束したことは必ず守り、できないことは軽々しく約束しない人だ。任された仕事は、最後までやり遂げ、きちんと報告し、責任を持つ。
頼りになる人と付き合うと、気が楽だ。監視したり催促したりする必要もないし、失敗される心配もない。仕事を任せれば、安心していられる。
そんな人と、誰が協力したくないと思うだろう? 誰が助けてあげたくないと思うだろう?
二つ目は、「思いやりがあって厚道であること」。
厚道とは、愚かなことではない。人の便宜を図ろうとせず、他人を犠牲にして自分だけ得をしようとせず、あれこれ損得を勘定しないことだ。彼と協力すれば、陥れられる心配もないし、裏切られる心配もないし、得をした上にさらに欲しがるような心配もない。
厚道な人は、短期的には損をしているように見えるかもしれない。だが長い目で見れば、誰もが彼と付き合いたがる。「この人と付き合っても損はしない」と、誰もが心の中でわかっているからだ。
三つ目は、「感謝の気持ちを持つこと」。
誰かに助けてもらったとき、あなたは心に留めているだろうか? 「当然だ」と思っているか、それとも「親切にしてもらった」と思っているか。
感謝の気持ちがある人は、一度助けると、また助けてあげたくなる。良し悪しがわかるし、恩義を覚えているし、機会があればお返しをしてくれるからだ。
感謝の気持ちがない人はどうだろう? 一度助けると「当然だ」と思い、十回助けると「あなたが借りを返して当然」と思うようになる。次に助けなければ、逆に恨まれる。そんな人を、誰がまた助けたいと思うだろう?
四つ目は、「謙虚であること」。
実力があっても派手にせず、成果を上げてもひけらかさない。一緒にいても、相手を見下したり不快な思いをさせたりしない。人の話をよく聞き、相手の考えを尊重し、自分にもわからないことがあると認められる。
謙虚な人には、誰もが教えてあげたくなるし、助けてあげたくなるし、手を差し伸べたくなる。助けても「当然だ」とは思わず、感謝してくれるからだ。
プライドの高い人はどうだろう? 助けても「自分がすごいからだ、あなたのせいじゃない」と思う。意見を言っても「あなたはわかっていない、余計なお世話だ」と思う。そんな人に、わざわざ嫌な思いをしてまで関わりたい人がいるだろうか?
この四つ——頼りになる、厚道である、感謝の気持ちがある、謙虚である。どれもよく聞く話だが、本当に実行できれば、あなたはまさに「自天祐之」の人になれる。
信じられなければ、周りにいる「どこへ行っても誰かが助けてくれる人」を観察してみてほしい。彼らにこうした特徴があるかどうか、きっとわかるはずだ。
コミュニケーション術なんて学んでも、無駄だ
今の世の中には、「人脈の作り方」「人気者になる方法」を教える本や記事があふれている。
「高いEQを活かした会話術」「人脈構築の法則」「人に好かれる10のテクニック」……。見る側は目移りするし、学ぶ側は必死になって追いかける。
だがはっきり言って、そんなものは対症療法に過ぎない。
テクニックは外面的なもので、見せかけることができる。一時的にはごまかせても、一生ごまかし続けることはできない。時間が経てば、あなたが本心なのか見せかけなのか、誰にでもわかるようになる。
本当に人から好かれるのは、テクニックで作り上げるものではなく、あなた自身の人柄から自然に滲み出るものだ。
わざわざ誰かに取り入る必要もないし、無理にグループに溶け込もうとする必要もない。好かれるために何か特別なことをする必要もない。ただ「ありのままの自分」でいればいい——ただし、その自分は「頼りになって、厚道で、価値があって、謙虚な人」でなければならない。
そんな人になれば、何もしなくても自然と人に好かれ、自然と人が寄ってきて、自然と助けてもらえるようになる。
なぜだろう? あなたと一緒にいると、心地よくて、安心できて、得るものがあるからだ。
これこそが「自天祐之」だ——願わなくても、来るべきものは自然にやってくる。
だからコミュニケーション術なんて学ぶのはやめにしよう。学べば学ぶほど、かえって不自然になるだけだ。ただ誠実に人と接し、真剣に仕事に取り組み、「助けられるに値する人」になればいい。
そうなれば、人気者になりたくなくても、自然とそうなっているはずだ。
最後に
火天大有卦は、初九の「無交害(交わりに害なし)」から上九の「自天祐之」まで、一つの完全な道のりを描いている。
最初はお金も資源もないときに底辺を守り、少しずつ蓄えができても派手にせず、地位を得ても正道を歩み、順調になっても慎みを忘れず、誰からも信頼されるようになり、最終的には誰もが助けてくれて何をしてもうまくいく境地にたどり着く。
これは運ではない。一歩一歩、自らが磨き上げてきた結果なのだ。
人間関係も同じだ。
友達が多い、人脈が広い、どこへ行っても誰かが助けてくれる——そんな人を羨まなくてもいい。まずは彼らが裏でどれだけ努力してきたか、彼らに自分にはないどんな素質があるかを見てみよう。
天は自ら助くる者を助く。天が助けてくれるのは、先に自分自身で自分を助けた人たちだけだ。
まずは自分自身を正しく生きれば、人脈も、友達も、貴人も、すべて自然にやってくる。正しく生きられていなければ、どれだけ探し回っても、どれだけ願っても、無駄だ。
自天祐之、吉無不利。
覚えておいてほしい。最高の人脈とは、「あなたが何人を知っているか」ではなく、「何人があなたを知りたいと思っているか」だ。最高の人間関係とは、「自分から積極的に築くもの」ではなく、「誰もが助けたくなるような自分になること」で生まれるものなのだ。