復卦六四:帰りたいのに帰れない時は?「中行独復」——自分の道を歩め、たとえ一人きりでも
復卦の六四には「中行独復(ちゅうこうどっぷく)」——中道を歩み、独り立ち返る——とある。周囲が理解を示さず逆方向へ進む中、自分だけが立ち返り故郷へ帰りたいと思う時、あなたは貫けるだろうか。本稿は孤独な守りの視点から、六四の独り歩む英知を読み解く。
人生で一番孤独な瞬間って何だろう?
一人でご飯を食べることでも、一人で映画を観ることでも、一人で引っ越しすることでもない。
自分が進みたい道があるのに、周りの誰もが理解してくれないことだ。
大都市から実家に帰りたいと思えば、友達に「向上心がない」と言われる。
安定した仕事を辞めて起業したいと思えば、家族に「無駄なことをするな」と言われる。
周りが皆「いい人だ」と勧める恋愛を終わりにしたいと思えば、誰もが「まあまあのところで妥協しなさい」と諭してくる。
交差点に立って、周りは人で溢れているのに、同じ道を行く人が一人もいない。
そんな時、疑ってしまう——
私が間違ってるの?
どうして私だけがこの道を行きたいの?
みんなと同じようにした方がいいの?
そんな風に感じたことがあるなら、地雷復の六四を見てみるべきだ。
爻辞には「中行独復(ちゅうこうどくふく)」とある。
真ん中の正しい道を歩き、一人で立ち返る。
どういう意味だろう?
つまり——
たとえあなた一人だけでも、道が正しいのなら、思い切って進めばいい。
孤独だからといってあなたが間違っているわけではない。ただ周りの人が、まだ追いついていないだけかもしれない。
「中行独復」とは何か
「中行」とは、真ん中を歩く、正道を歩く、偏らず正しいこと。
「独復」とは、一人で立ち返る、独自に回帰すること。
合わせるとどういう意味だろう?
あなたが歩いているこの道は、正しく、正道で、進むべき道だということ。
だけど残念ながら、歩いているのはあなた一人だけ。
他の人はみんな反対方向へ行って、あなただけが戻る方向へ歩いている。
どうしてこうなるのだろう?
なぜなら地雷復の環境はどうなっているか?上が坤で、陰爻が一面に広がっている。
ほとんどの人はまだ外の華やかな世界に夢中で、目に見えるものを追いかけている。
目を覚まして、戻りたい、正道に帰りたいと思う人は、ほんの一握りだ。
そういう人たちが、「独復」の人なのだ。
彼らの歩む道は正しいけれど、少数派だ。
少数派であることは、孤独を意味する。
周りの人は理解してくれない、友達は応援してくれない、家族でさえ「狂ってる」と思うかもしれない。
道を歩いていても、前にも後ろにも左右にも誰もいない、自分一人だけ。
そんな感覚は、心地よいものではない。
だけど六四は教えてくれる——
大丈夫だ。
道さえ正しければ、人が少なくても問題ない。
なぜ「独復」の方が安定して進めるのか
多くの人は「みんなが歩いている道が安全だ」と思っている。
一人で歩く道は、リスクが高すぎると。
本当にそうだろうか?
そうとは限らない。
考えてみて——
みんなが株を買い始めた時、株価は天井に達している。
みんなが家を買い始めた時、不動産価格は下がり始める。
みんなが「あの業界はいい」と思った時、その業界は競争が激化し始める。
どうしてだろう?
人が多い場所は、たいていバブルが一番大きい場所だからだ。
みんながそこに殺到するということは、そこがすでに過熱して天井に達し、これから下がる番だということ。
逆に誰も歩いていない道、みんなが見向きもしない道こそ、本当にチャンスがあるのかもしれない。
ウェン老師はこう言ったことがある。「真理は常に少数者の手に握られている。少数者が頭がいいからではない。大多数の人が、考えることを怠けているからだ」
少し耳が痛い言葉だけど、道理は正しい。
大多数の人が選択をするのは、よく考えたからではなく、他の人がそうしているからだ。
他の人が公務員試験を受けるから、私も受ける。
他の人が大都市に行くから、私も行く。
他の人が結婚するから、私も結婚する。
彼らは自分自身に問いかけたことがない——自分は何が欲しいのか、と。
だから彼らの歩む道は、人が多く見えるけれど、実は正しいとは限らない。
一方「独復」の人たちは、孤独に見えるけれど、実はよく考え抜いた少数派なのだ。
彼らは自分が何を欲しいか、自分がどの道を行くべきかを知っている。
だから歩みはゆっくりで、孤独だけれど、安定して遠くまで行ける。
それが自分で選んだ道だからだ。
人はなぜ「独り」を恐れるのか
独復が正しいのなら、どうして多くの人ができないのだろう?
人が孤独を恐れるからだ。
恐れるのは3つのパターンがある。
1つ目は、自分が間違っているのが怖い、ということ。
他の人はみんなああ歩いているのに、自分だけこう歩いて、もし間違ってたらどうしよう?
もしみんなが正しくて、自分だけがバカだったら、どんなに恥ずかしいだろう?
この恐怖は、誰にでもある。
だけど知っておいてほしい——
正しいか間違っているかは、人数とは関係ない。
100人が「1+1=3だ」と言っても、3にはならない。
1人が「1+1=2だ」と言っても、2のままだ。
真理は投票で決まるものではない。
道が正しいかどうかは、何人が歩いているかではなく、どこに通じているかで決まる。
2つ目は、人に言われるのが怖い、ということ。
みんなと違う道を歩けば、陰できっと悪口を言われる。
「あの人、頭おかしいんじゃないの?せっかくのいい生活を捨てて、無駄なことして」
「きっと都会でやっていけなくなったから、田舎に帰るんだよ」
「ただの甘えだよ。こんなにいい人を逃して、何を選り好みしてるの」
人の言葉は怖いものだ。
多くの人は、人に言われるのが怖くて、自分の道を歩けない。
だけど考えてみて——
あなたのことを言う人たちは、あなたの人生に責任を持ってくれるのだろうか?
あなたが幸せかどうか、彼らは面倒を見てくれるのだろうか?
見てくれない。
彼らはただ口で言うだけで、言ったら忘れて、自分のことをしている。
なのにあなたは、彼らの何気ない言葉で、自分の人生の選択を変えてしまう。
最後に後悔するのは、彼らではなくあなただ。
それって、割に合う?
3つ目は、一人では耐えられないのが怖い、ということ。
一人で道を歩くのは、確かに大変だ。
困ったことがあっても相談する人がいない、転んでも起こしてくれる人がいない、疲れても付き合ってくれる人がいない。
何もかも自分一人で背負わなきゃいけない。
だから多くの人は、人混みの中で妥協して過ごす方を選び、一人で正しい道を歩くことをしない。
だけど知っておいてほしい——
道は一人で歩んでいても、歩いているうちに、同じ道を行く人に出会える。
あなたがどんな人なら、どんな人に出会う。
あなたが正道を歩いていれば、道で自然と同じように正道を歩く人に出会える。
そうなれば、もう一人じゃない。
逆に人混みの中で妥協して過ごしていると、賑やかに見えるけれど、実は本当に自分を理解してくれる人は一人もいない。
その孤独こそ、本当の孤独だ。
「中行独復」を実践するには
では、どうすれば他人に影響されず、一人で自分の道を歩けるようになるだろう?
3つのポイントがある。
1つ目は、まず自分の道が「中行」かどうかを確かめること。
すべての「独り」が良いわけではない。
独自の信念を持って行動する人もいれば、注目を浴びたくて目立つことをする人もいる;正道を歩く人もいれば、邪な道を歩く人もいる。
何が違うのだろう?
違いは「中行」かどうか——真ん中を歩いているか、正道を歩いているか、法則に合っているか、という点だ。
法則に合っているとはどういうこと?
長期的に見て正しく、良く、持続可能なことだ。
例えば読書や勉強、体を鍛えること、真面目に働くこと、誠実に人と接すること——これらはすべて正道だ。他の人がやろうがやるまいが、あなたがやればきっと間違いない。
例えば姑息な手段を使うこと、人を騙すこと、夜更かしして体を壊すこと、自分を消耗させること——これらはすべて邪な道だ。他の人がみんなやっていたとしても、あなたは真似しない方がいい。
まず自分が正道を歩いていると確認してから、独りで歩くことを話そう。
邪な道を一人で進むのは、個性があるんじゃない、自滅するだけだ。
2つ目は、意識を「他人がどう思うか」から「自分はどこへ行きたいか」に移すこと。
多くの人が苦しむのは、いつも他人のことばかり見ているからだ。
他人が自分をどう思うか、他人が自分に何と言うか、他人が自分より優れているか劣っているか……
意識が全部他人に向いていたら、自分の道をうまく歩けるはずがない。
どうすればいい?
目を自分に戻して、自分の道を見よう。
あなたはどこへ行きたい?どんな人になりたい?どんな生活を送りたい?
意識をそういうことに向けよう。
目標を見据えて歩けば、自然と他人の言葉なんて気にならなくなる。
走っている時、ゴールラインを見ていれば、道端の人が何と叫ぼうと気にならないのと同じだ。
もしいつも観客の方を振り返っていたら、きっと速く走れないし、転びやすくもなる。
3つ目は、孤独を受け入れ、孤独を楽しむこと。
一人で道を歩き始めたばかりの頃は、きっと慣れない。
寂しい、冷清だ、誰も付き合ってくれない、と感じる。
だけど歩いているうちに気づく——
一人で歩くのって、実は結構いい。
他人のペースに合わせなくていい、速く行きたければ速く、ゆっくり行きたければゆっくりできる。
他人と道順を相談しなくていい、行きたいように行ける。
他人の機嫌を伺わなくていい、静かに自分の道を歩けばいい。
孤独は罰じゃない、贈り物だ。
自分と向き合う時間ができるし、多くのことを考え抜けるし、もっと集中して着実に歩めるようになる。
孤独と和解できるようになれば、あなたは本当に強くなれる。
最後に
地雷復の六四にある「中行独復」は、とても力強い言葉だ。
これはあなたに伝えている——
自分の道を歩きなさい、たとえあなた一人だけだとしても。
道が正しければ、それでいい。
人が少なくても、大丈夫。
人生という道は、突き詰めれば、自分一人で歩むものだ。
他の人はしばらく一緒に歩いてくれるけれど、最後まで一緒に歩いてくれるのは、自分自身だけだ。
だから、他人に理解されないからといって、自分の道を諦めないで。
人が少ないからといって、自分が間違ってると疑わないで。
中行独復。
正道を歩き、振り返らない。
たとえあなた一人だけでも、ゴールまでたどり着ける。
それに歩いているうちに気づくはず——
あなたは一人じゃない、と。