坎卦九二:困難にある人が「坎有陥」の精神を持つべき理由——どんなに辛くても気力を失ってはならない
人が困難に陥ったとき、一番失いやすいのは金でも仕事でも恋愛でもなく、心の気力だ。気力がなくなれば、本当に立ち直れなくなる。坎為水の九二が教えてくれるのは、危険な状況にあっても、求めても得られなくても、心の中のその勢いが残っていれば、いつか日の目を見る時が来るということだ。
人がどん底にいるとき、一番大切なものは何だろう?
お金じゃない——お金はまた稼げる。
友達じゃない——友達はまた作れる。
チャンスじゃない——チャンスはまた待てる。
一番大切なのは、「気力」だ。
多くの人は困難そのものに負けるんじゃない——心が先に折れてしまうんだ。
「まあいいや、こんなもんだ」
「自分なんてこんなもんだ」
「どれだけ頑張っても無駄だ」
そう口にした瞬間、人は気力を失う。
気力を失ったら、本当に立ち上がれなくなってしまう。
坎卦の九二が言っているのは、まさにこのことだ。
「坎有險,求小得」
九二の爻辞はこう言っている:「坎有險,求小得(坎に陥り険あり、小なるを求めて得あり)」。
坎の険の中にいて、危険はあるけれど、小さな目標を追い求めれば、得るものはある——という意味だ。
この言葉、ちょっと地味だし、ひいき目に見ても「弱気」に聞こえるかもしれない。
「小さなものを求める」ってどういうこと?大きなものを追い求めちゃいけないの?
でもよく噛みしめてみると、この言葉はすごく現実的なんだ。
人が困境にいるとき、一番怖いのは何だろう?
貧しさでも、苦しさでもない。
「自分には何もできない」と思い込んでしまうことだ。
何をやっても失敗し、何を思っても裏切られる。
そんな日が続くと、「自分はダメだ」「何をやってもうまくいかない」って思うようになる。
この感覚は、貧しさそのものよりずっと怖い。
だって貧しさは一時的なものだから。
「自分はダメだ」と思い込んだら、それこそ本当に終わりだ。
だから坎卦の九二は教えてくれる:大きな目標とか、一発逆転とか考えるな、って。
まず小さなことをやって、「できた」という味を少しでも味わってみろ、って。
小さな目標が達成できれば、気力が少し戻ってくる。
気力が少し戻れば、もう少し大きなことができるようになる。
一歩ずつ、ゆっくり立ち直っていけるんだ。
どん底で気力がなくなるのはなぜか
気力って、いきなりなくなるものじゃない。少しずつ削られてなくなるんだ。
どうやって削られるの?
1回目の失敗:「ただ運が悪かっただけ」
初めて挫折に遭っても、そんなに気にしない。
「大丈夫、ただ運が悪かっただけだ、次はうまくいくさ」
この頃はまだ気力が残っている。
2回目の失敗:「自分のどこかが悪いのかな」
2回目も失敗すると、反省し始める。
「自分のやり方が悪いのかな?能力に問題があるのかな?」
この頃から気力が揺らぎ始める。
3回目の失敗:「自分、やっぱりダメなのかも」
3回目も失敗すると、人生そのものを疑い始める。
「どうして他の人はうまくいくのに、自分だけダメなんだろう?」
「自分、生まれつき他の人より劣ってるのかな?」
この頃には気力が半分以上なくなっている。
N回目の失敗:「まあいいや、こんなもんだ」
それ以上続くと、もう挑戦する気すらなくなる。
「どうせうまくいかないんだから、無駄なことするのやめよう」
こうなったら、気力は完全になくなっている。
気力は大風で吹き飛ぶんじゃない。失望に一滴ずつ削られてなくなるんだ。
気力がなくなると、人はどうなるか
気力がなくなった人って、どんな様子だろう?
大声で叫んで崩れるんじゃない。静かに、音もなく崩れていくんだ。
- 昔好きだったことに、今は興味が持てない
- 昔やりたかったことを、今はやりたいと思わない
- 昔は怒ったり悲しんだり嬉しがったりしたのに、今は何も感じない
- 毎日ただ時間を潰して、一日が終わるのを待っている
「どうしたの?」って聞いても、「別に、元気だよ」って答える。
でもわかるんだ——彼の目から光が消えているって。
これを何て言うか?「心の死」だ。
「哀れなるは心の死より大なるはなし」。
人間の最大の破産は、お金がないことじゃない。気力がなくなることだ。
気力を取り戻すには
気力がなくなっても、取り戻せるの?
取り戻せる。でも感動話だとか、やる気スイッチみたいなものでは無理だ。
一つ一つの小さなことを積み重ねて、ゆっくり養い直すんだ。
方法1:小さなことを一つ、やり遂げる
「一発逆転してやる」「這い上がってやる」なんて言わないこと。
目標が大きすぎると、できなかったときにまたショックを受けちゃう。
すごく小さなことを一つ見つけよう:
- 毎日30分早く起きる
- 毎日本を10ページ読む
- 毎日腕立て伏せを10回する
- 毎日200字書く
- 毎日外を一回り散歩する
失敗するはずがないくらい、小さなことでいい。
そして——続けること、やり遂げること。
こういう小さなことを甘く見ちゃダメだ。
小さなことを一つやり遂げれば、「自分、まだやれるじゃん」って思える。
十個やり遂げれば、「自分にもできる」って思える。
百個やり遂げれば、気力が戻ってくる。
気力は声を出して叫んで出てくるものじゃない。行動して積み重ねて育てるものだ。
方法2:他人と比べない
「人は人、自分は自分」——比べたってキリがない。
どん底にいるときに他人のことを見たら——
昇進した人、儲けた人、結婚した人、海外に行った人。
見れば見るほど「自分なんて…」って思ってしまう。
自分が失敗だと思えば思うほど、気力は下がる。
でも忘れちゃいけない——今の自分は穴の中にいて、相手は平らな地面にいるんだ。
比べること自体がナンセンスじゃない?
昨日の自分と比べればいい。
今日が昨日より少しでも良ければ、それで進歩だ。
今月が先月より少しでも良ければ、それで勝ちだ。
穴の中にいても、上に向かって登っているなら、それで十分だ。
他人がどれだけ速く走っていようが、関係ないじゃないか。
方法3:昔うまくいったことを思い出す
気力が下がっていると、「自分は今まで何一つうまくいったことがない」って思いがちだ。
そんなことない。
絶対に、うまくいったことがあるはずだ。
大したことじゃなくてもいい、絶対にやり遂げたことがある。
- 大学に合格したこと
- 仕事を見つけたこと
- 恋愛したこと
- 何か一つ、スキルを身につけたこと
- 誰かを助けたこと
そういうことを思い出して、よく考えてみて。
自分にこう言い聞かせよう:
「自分はずっとダメだったわけじゃない。
ちゃんとやり遂げたことがある。
今回だって同じ、きっと乗り越えられる」
どん底にいるときは、思い出を頼りに生きるんだ。
過去にしがみつくんじゃない。過去の成功から、気力を取り戻すんだ。
「求小得」は追求がないわけじゃない
こう言う人がいるかもしれない:「小さなものを求める」って、追求がないってこと?人は远大な理想を持つべきじゃないの?
違う。
「求小得」は大きな目標を持つなって言ってるんじゃない。
どん底にいるときは、大きな目標で自分を苦しめるなって言ってるんだ。
大きな目標は「方向」であって、毎日こなすべき「課題」じゃない。
穴の中にいるなら、まずどうやって這い出すかを考えろ。山の頂上に着いたら何をするかなんて、今考えるな。
まず生きる、次に上手く生きる、それから人並みに生きる。
この順番は絶対に崩しちゃダメだ。
まだ穴の中にいるのに「億万長者になってやる」なんて思うのは、志じゃない。ただの空想だ。
空想ばかりしていると、現実が見えなくなるし、失望もしやすくなる。
地に足をつけて、一歩ずつ進もう。
まず小さなことをやり遂げれば、気力が戻って、能力も戻ってくる。
そうなれば、大きな目標は自然と見えてくる。
九二が私たちに教えてくれること
坎卦の九二は、陽爻が中位にある。
険しい状況の中にいるけれど、位置が正しく、心も正しい。
だから危険はあっても、「求小得」——小さな収穫を得ることができるんだ。
これが坎卦九二の叡智だ:
人は穴に落ちてもいい、でも心まで穴に落ちちゃダメだ。
体がどん底にいても、気力まで下げちゃダメだ。
境遇がどんなに悪くても、精神まで崩しちゃダメだ。
心の中のその「頑張るぞ」という気持ちさえ残っていれば、這い上がれる日が必ず来る。
だから、もし今あなたがどん底にいて、「自分なんて何もできない」と思っているなら:
急いで一発逆転を狙わなくていい。
まず小さなことをやってみよう。
まず「できた」という味を少しでも味わってみよう。
まず、その息を整えよう。
「青山残れば、薪のないを憂えず(命さえあれば、何とでもなる)」。
気力さえ残っていれば、這い上がれないことなんてない。