体調不良の時は無理せず、引き際が肝心
体調が悪い時、無理をすべきか休むべきか。地水師の六四の爻辞「師左次、咎なし」が教えてくれるのは、戦いで必ずしも突進する必要はなく、時には後退して陣地を守るのも知恵だということ。体も同じで、無理は強さではなく愚かさ。いつ引き、いつ休むかを知る人こそ、本当に養生をわかっている。本稿は易経の卦象の視点から、心身の調整、ストレス管理、進退をわきまえる生活の知恵を解説する。
あなたの周りにこんな人はいませんか?
仕事に命を懸け、残業は当たり前、夜更かしは日常。「体に気をつけろ」と勧めても、手を振って「大丈夫、若いから耐えられる」と言う。
それがある日突然、倒れてしまう。入院、手術、療養……それまでコツコツ貯めたお金は、全部病院に消えていく。
さらに残念なのは、体が壊れてからは仕事も続けられなくなること。長い時間をかけて築いた基盤が、一夜にして水泡に帰してしまう。
一体何のために頑張っていたんだろう?
多くの人は「継続」という言葉を誤解している。どんな状況でも「頑張り続けるのが正解、諦めるのは間違い」だと思い込んでいる。無理を通すのが強さで、休むのが弱さだと。
でも易経の師卦(地水師)は、そうは言っていない。師卦の第四爻は、こんなことを教えてくれる——**「引くべきときは、引かなければならない」**。
師卦六四:一歩下がるのは、負けじゃない
師卦の第四爻の爻辞は、**「師左次、咎なし(師は左に次ぐ、咎なし)」**。
「左次」とはどういう意味だろう?古代の戦争では、右が前進、左が後退を表す。「次」は駐屯、陣を張ること。つまり「師左次」とは、軍隊が後退して、安全な場所に陣を構えることを指す。
その結果は?「咎なし」——過ちも災いもない、ということ。
ほら、後退は間違いじゃないし、恥ずかしいことでもない。正しく、タイミングよく引けば、かえって災いを避けられる。
六四の位置は面白い。上卦の一番下にあり、陰爻が陰位にあって、位置が正しい。正しいのは、自分が何をすべきかわかっているから——無理をせず、無闇に進まず、形勢が悪いとわかったらすぐに引く。
なぜ引くのか?六四のさらに上は六五(君の位)で、これ以上進むと立場を越えてしまうから。それに六四の下には誰がいる?六三、あの「輿尸(屍を車に積む)」の、敗北を喫した爻だ。六四は六三の末路を見て、「これ以上進んだら、死ぬだけだ」と悟ったんだ。
だから彼は引くことを選ぶ。どこまで引く?安全な場所まで引いて、隊伍を整え、力を蓄え、形勢をうかがう。チャンスが来たら、また前に出ればいい。
『象伝』にはこうある——「左次して咎なしは、常を失わざるなり」。後退しても過ちがないのは、戦いの常道と規則を守っているからだ、と。
「常」とは何か?進むべきときに進み、引くべきときに引くこと。進むだけで引かないのは、勇敢じゃなくて無謀だ。引くだけで進まないのは、慎重じゃなくて臆病だ。進退に度があってこそ、正常で持続可能なんだ。
ウェン老師はよく「養生の最高の境地は、サプリを飲んだり気功をしたりすることじゃない——**進退をわきまえることだ**」と言っている。
やるべきときはしっかりやり、休むべきときはしっかり休む。「いつ休むべきか」もわからないなら、どんなにサプリを飲んでも無駄だよ。
無理を通すのは強さじゃない、ただのバカだ
デザイナーをしている友達がいる。
数年前は景気が良くて、仕事が山ほどあった。彼女は毎朝から夜中まで働き、一日の睡眠は四、五時間。お腹が空けば出前、喉が渇けばコーヒー。「若さは資本だよ、今頑張らなきゃいつ頑張るの?」って言ってた。
その数年、確かにたくさん稼いだ。でも代償は何だった?
髪はごっそり抜け、顔色はどんどん悪くなり、首、腰、胃……どこもかしこも不調だらけ。一番ひどかったときは、パソコンの前に座っていたら突然気を失って倒れた。病院に運ばれると、医師から「重度の疲労困憊だ。このまま続けたら、どんな病気になってもおかしくない」と言われた。
彼女はすごく怖くなった。
それから彼女は調整を始めた。仕事を半分減らし、毎日十時前には退社するよう強制し、週末は絶対に仕事をしない。朝は公園を散歩し、週末は山に登る。「以前は休むのは時間の無駄だと思ってた。でも今はわかった——**休むのは、もっと遠くまで行くためなんだ**」って。
今の彼女は以前より稼ぎは少し減ったけど、元気になったし、状態もずっといい。それより何より、「仕事の機械じゃなく、人間らしく生きられてる」と感じている。
ほら、師卦六四の「左次」は、体に置き換えても同じ道理なんだ——「もう無理だ」と感じたら、一歩下がればいい。無理をしないこと。無理を通すのは強さじゃなく、自分自身を苦しめているだけだ。
でも多くの人は、それがわからない。
「自分が休ん