風天小畜 上九:期待が募るほどに、なぜ離れてしまうのか
小畜卦の上九には「既雨既处、徳を尚びて載す、婦貞すれば厲、月幾ばく望に盈ち、君子征けば凶」とある。積み重ねが頂点に達して雨が降り出した後は、程よく留まることが肝要だ。物事は極まれば反し、満ちれば損なわれる。本稿では恋愛関係の視点から、上九の「適可而止(ほどほどに留まる)」の知恵を読み解く。
こんな経験、したことない?
好きな人ができて、長い時間をかけて追いかけた。知り合って親しくなり、曖昧な関係から付き合うまでに、たくさんの時間と感情と期待を注ぎ込んだ。「本当に一緒になれたら、幸せになれるはず」って思ってたよね。
でも実際に付き合い始めたら、なんか違うなって気づく。
最初のときめきは消え、新鮮さも過ぎ去って、いろんな矛盾が出てくる。「私、選ぶ人を間違えたのかな?そもそもこの関係、始めるべきじゃなかったのかな?」って疑い始めちゃう。
あるいは逆のパターンもある。あの人にすごく優しくして、ずっと尽くして、許して、自分の優しさをため込んできた。「こんなに大切にしてたら、いつかきっと心を動かされるはず」って思ってたのに?結果はどうだった?あなたがため込めばため込むほど、相手は大切にしなくなる。最後には失望がたまりきって、あなたは去っていく。相手は訳がわからないまま——「なんで急に別れるの?」って思ってる。
期待をため込みすぎたせいで、結局はばらばらになっちゃう。これって一体どうしてなの?
『易経』の小畜卦の最後の爻に、まさにこの道理が説かれている。それは「既雨既处、尚德載、婦貞厲、月幾望、君子征凶」だ。
既雨既处——雨はやっと降ったけど、物語はまだ終わらない
「既雨既处」ってどういう意味?「既」は「すでに」、「雨」は「雨が降る」、「处」は「止まる、やむ」ということ。
つまり——雨はすでに降り、やんだ、ということだ。
小畜卦は最初から最後まで、「積み重ね」について語っている。「密雲不雨(雲は厚いのに雨はまだ降らない)」——つまり、雲はたくさんあるけど、雨はまだ降っていない状態だ。最初の五つの爻はすべて積み重ねの過程を語っている:どう始めるか、どう共に進むか、どう壁を突破するか、どう成果を守るか、どう人を率いるか。
上九になって、やっと雨が降る。長い間ため込んだ雲が、ついに雨となって落ちてくる。
これで円満だと思った?そんなことはない。爻辞が教えてくれるのは——雨は降り、やんだ。それからどうする?その後どうするの?ってこと。
ここが一番人を試すところなんだ。
多くの人は、人間関係で一番貴重なのは「一緒になること」だと思ってる。だから必死に追いかけ、必死にため込み、必死に相手に尽くして、「一緒になる」という結果のためだけに頑張る。
でも実際は、「一緒になる」のはただの始まりに過ぎない。本当の試練は、一緒になった後にやってくる。
追いかけている期間は情熱や新鮮さ、ドーパミンで持ちこたえられる。でも一緒になったら、情熱は冷め、新鮮さは薄れ、ドーパミンは減る。その時試されるのは何?一緒に過ごす力、許し合う知恵、ほどほどにする加減だ。
ウェン老師はよくこう言う:好きは奔放だけど、愛は自制だ。 追いかけている時は奔放でいいけど、一緒になったら自制を学ばなきゃいけない。何もかも欲しがったり、多ければ多いほどいいってもんじゃない。雨が十分降ったら、やむべきなんだ。
月幾望——月が一番満ちた時、欠け始める
「月幾望」ってどういう意味?「幾」は「近づく、もう少しで」、「望」は「満月、月が満ちること」。
つまり——月がもう少しで満ちる、一番満ちる時に近づいている、ということだ。
この言葉はすごく味がある。「月が満ちた」とは言わず、「月幾望」——もう少しで満ちる、円満に近づいている、と言うんだ。
どうして「円満」と言わないの?だって円満の次は欠けるからだ。月が一番満ちた日の次は、欠け始める日なんだから。
これが「物極まれば必ず反す」という道理だ。
これを恋愛に置き換えると——一人の人に対する優しさは、多ければ多いほどいいってもんじゃない。優しさが頂点に達したら、その先は負担になる、ってこと。
どういうこと?ある人に優しくすると、最初は相手も心を動かされるし、大切にしてくれる。でもずっと優しくして、どんどん優しくなって、底辺がないくらい優しくしていると、相手はそれに慣れて、麻痺して、当たり前のことだと思うようになっちゃう。
そうなったらそれ以上尽くしても、関係の濃度が上がるどころか、相手にプレッシャーを与えて、息苦しくさせちゃう。あなたの優しさが、相手の負担になっちゃうんだ。
月と同じで、もう少しで満ちる時が一番美しい。まだ期待が残ってるから。本当に満ちちゃったら、次は欠けるだけだ。
だから賢い人は、「満ちる」まで待ってやめるんじゃない。「幾望」の時——もう少しで満ちるけどまだ満ちていない時に、ほどほどにすることを知ってる。
少しスペースを残し、少し余裕を残し、少し期待を残す。そうやってこそ、関係は長続きするんだ。
君子征凶——積み重ねが頂点に達したら、それ以上進むのは凶
「君子征凶」ってどういう意味?「征」は「出征する、前に進む、さらに進取する」、「凶」は「よくない、リスクがある」。
つまり——この段階になったら、それ以上突き進むのはリスクがある、ということだ。
上九は小畜卦の最後の爻で、すでに頂点に達している。積み重ねが頂点に来ているのに、さらに「蓄えよう」「増やそう」「突き進もう」としたら、過ぎてしまう。
多くの恋愛がこうやって壊れていく。
優しさが足りないからじゃない。「優しすぎる」からだ——息が詰まるほど優しくて、自分を見失うほど優しくて、関係のバランスが崩れるほど優しいから。
こんな言葉を聞いたことがあるかもしれない——「あんなに大切にしてたのに、どうして別れるの?」
答えはいつも心に刺さる:あなたが優しすぎたから、彼は去ったんだ。
どうして?あなたの優しさが重すぎて、彼が受け止めきれないから。あなたがすべての時間と精力と感情を彼に注ぎ込んだら、彼はプレッシャーを感じる。返せないことが怖いし、期待に応えられないのが怖いし、あなたの期待が高すぎるのが怖いんだ。
それに、あなたが彼に優しくすればするほど、あなたの彼への期待も高くなる。「こんなに大切にしてるんだから、彼はこうしてくれるはず」って心の中で思うようになる。彼が期待に応えてくれないと、失望して、委屈して、不満を抱くようになる。
最後には、あなたの優しさが彼の借りになり、彼の借りがあなたの恨みになる。せっかくの関係が、「ため込みすぎ」で壊れちゃうんだ。
ウェン老師はこんなことを言ったことがある:恋愛で一番タブーなのは、力を入れすぎること。愛だと思っているのは実はプレッシャーで、尽くしていると思っているのは実は求めていること——見返りとしての同じだけの反応を求めているんだ。
上九が教えてくれる三つの付き合いのコツ
小畜卦上九の知恵は、実はたった一言:ほどほどでいい、満たしすぎちゃダメ。
「満たさない」ようにするにはどうしたらいい?三つの参考方向をあげるよ。
一つ目:「既雨既处」の平穏を受け入れること。
雨が降り終わったら、雨上がりの晴れになる。毎日雨が降って、毎日激情があるものだと思わないで。激情なんて、もともと日常じゃない。日常って何?平穏で、当たり前の日々で、細く長く続くものだ。
多くの人は平穏を受け入れられなくて、平穏になったら愛がなくなったと思う。でもそうじゃない。平穏は愛の別の形なんだ——なくなったんじゃなく、沈殿して、深くなって、厚くなったんだ。
平穏を受け入れられる関係こそ、長く続く。毎日がドラマチックなのはドラマの話で、生活じゃない。
二つ目:「月幾望」の加減を守ること。
ある人に優しくするなら、一気に全部の優しさを注ぎ込まないで。少し残して、ゆっくりと、リズムを持って。
隠しておけって言ってるんじゃなくて、力を入れすぎないでほしいんだ。一気にすべての情熱を注ぎ出したら、相手が受け止めきれないし、あなた自身も後が続かなくなる。
いい恋愛ってどんなもの?今日はあなたが私に少し優しくして、明日は私があなたに少し優しくして、二人が少しずつ優しさをためていくものだ。一人が必死に与えて、もう一人が必死に受け止めるものじゃない。
少し余裕を残し、少しスペースを残し、少し想像の余地を残す。そうやってこそ、関係は生き生きするんだ。
三つ目:「君子征凶」のやめどきを知ること。
物事によっては、ほどほどでいい。極限までやらなきゃいけないってもんじゃない。
人を愛するなら、七八分愛せば十分。残りの二三割は自分を愛するために残しておく。ある人に優しくするなら、相手が受け止められる程度で十分。それ以上は負担になる。
愛してないんじゃない。もっと賢く、もっと大人になって愛するんだ。いつ進むべきか、いつ引くべきか、いつ増やすべきか、いつ抑えるべきか、わかってるんだ。
ほどほどにすることを知るのは、愛がなくなったんじゃなく、もっと上手に愛せるようになったってことだ。
小畜卦は初九の「復自道」から上九の「既雨既处」まで、完全な積み重ねの過程を語っている。
最初のスタートから、途中の共進、壁の時の調整、小さな成果を上げた後の守成、みんなを率いて前に進むこと、そして最後に積み重ねが頂点に達した時のほどほどの加減まで。
人生もそうだし、仕事もそうだし、恋愛もそうなんだ。
ため込むことも大事——能力をため、資源をため、感情をためる。でもそれ以上に、やめることも大事——いつやめるべきか、どこでやめるのが一番いいか、満ちたら欠けるってことを知ってること。
上九が言ってるように——「月幾望、君子征凶」。
月がもう少しで満ちる時が一番美しく、恋愛がちょうどいい塩梅の時が一番甘い。
多くを求めすぎず、満たしすぎないで。
ちょうどいいのが、一番いいんだ。