勉強効率が悪い時は?豫卦六二「介于石」——座り込めれば学びが入る
勉強に集中できない時の調整法や集中力の上げ方は?雷地豫の六二の爻辞「介于石,不终日,貞吉(石のように安定し、一日中その状態に留まらず、正しくあれば吉)」が示すのは、効率の悪さは方法の問題ではなく定力の問題だということ。自分の「石」を見つけ、素早く調整する練習をする二つのステップで効率が上がる。
こんな経験、ないだろうか?
毎日何時間も机に向かって、本は開くしペンは持つし、やる気満々のポーズは決まっている。でも心の中では分かっている——全然頭に入ってないって。10分ごとにスマホを触り、20分ごとに水を飲み、30分ごとにトイレに行き、1時間も経てば休憩したくなる。一日が終わっても、本は数ページしか読んでないし、問題は数問しか解いてない、時間だけが消えていく。
すごく焦る。どうしてこんなに効率が悪いんだろう?自分って頭が悪いのかな?勉強に向いてないのかな?
あちこち勉強法を探して、いろんな講座を買って、あらゆるテクニックを試す。ポモドーロ・テクニック、フェインマン法、マインドマップ、コーネル式ノート術……いっぱい方法を学んだのに、効率は全然上がらない。
問題はどこにあるんだろう?
雷地豫の六二の爻に、こんな言葉がある:「介于石,不终日,贞吉。」
ウェン老師(Wen Laoshi)はこう言う。勉強の効率が悪い根本的な原因は、方法じゃない。定力(集中力と心の安定)にある。座っていられない、落ち着けない、心が散らばっている——そんな状態じゃ、どんな方法も無駄だ。
「介于石」とはどういう意味か
雷地豫ってどんな卦か?安楽の卦、順境の卦、居心地のいい卦だ。卦全体が「日々が楽な時に、人はどう生きるべきか」を語っている。
みんなが享楽し、リラックスし、だらけている時、六二はどんな状態だろう?
それが「介于石」——石のように、しっかりとそこに立ち、周囲に流されず、浮ついた真似をせず、一緒に放蕩することもない。
どうしてそれができるのか?心の中に「石」を持っているからだ。
この石って何だろう?それはあなたの目標、あなたの方向性、「なぜ学ぶのか」という理由だ。あなたは何のために勉強する?試験のため?昇進のため?転職のため?趣味のため?
それをはっきりと、徹底的に、揺るぎないものにしなきゃいけない。はっきりすれば、あなたの中に「石」ができる。他人が遊んでいる時でも勉強できるし、他人がだらけている時でも座っていられるし、他人が焦っている時でも自分のペースで進められる。
自分が何を求めているか、自分がどこにいるか、自分が何をしているか、分かっているからだ。
「不终日」とはどういう意味か
石を持っているだけじゃ足りない。「不终日」も必要だ。
どういう意味か?時間を無駄にするな、待つな、先延ばしにするな——ってことだ。
気が散っていると気づいたら、すぐに意識を戻す。調子が悪いと思ったら、すぐに調整する。方向が間違っていると分かったら、すぐに軌道修正する。一日が終わってから後悔するな、学期が終わってから慌てるな、試験が近づいてから一夜漬けするな。
勉強の効率が悪い人には、共通点がある——「待つ」のが好きなことだ。調子が良くなってから勉強しよう、気分が上がってから勉強しよう、環境が整ってから勉強しよう。待って待って、一日が過ぎていく。
六二はそうしない。一日中待つ必要もないし、調子が整うのを待つ必要もないし、万事準備万端になるのを待つ必要もない。気が散ったと気づいたら、その場で意識を戻す。効率が悪いと思ったら、すぐに調整する。
それが「不终日」——暗くなるのを待たず、今すぐ改める、ってことだ。
どうして勉強が頭に入らないのか
実際にあった話をしよう。
大学院受験を目指していた友達がいて、本を山積みに買い込み、講座を2つ申し込んで、毎日図書館に10時間も座っていた。座ってはいたけど、スマホがすぐそばにあって、ちょくちょくSNSを見たりグループチャットを確認したり、立っては水を汲みに行ったりしていた。夜になって家に帰ってから計算してみると、本当に集中して勉強していた時間は2時間もなかった。
彼はすごく悩んで、私に相談に来た。「方法が間違ってるのかな?もっと良い塾に通うべきかな?」って。
私は彼に聞いた。「そもそも何で大学院に行きたいの?」
彼は一瞬きょとんとして、こう言った。「みんな受けるし、自分も試してみたいだけ。受かったらラッキーだし」って。
ほら、問題はそこだ。何のために学ぶのかすらはっきりしていないのに、定力なんて身につくわけない。心の中に「石」がないから、風が吹けば倒れるし、誘惑が来れば流される。
勉強が頭に入らないのは、あなたが怠け者だからでも、頭が悪いからでもない。「中」を失い、「正」をなくしているからだ。どういうことか?心が乱