なぜ都合のいい人ほど結末が悲惨なのか 坤卦上六「龍戦于野」の警告
譲り合いは美徳だが、ひたすら譲るのは弱さに過ぎない。包容は心の広さだが、一線を超えた包容は仇を生むだけだ。坤(こん)卦の最終爻が教えてくれるのは、陰(いん)が極まれば陽(よう)に転じ、柔が極まれば剛になるということ——「龍戦于野(りゅうせんのや)」の事態を招かぬよう、覚悟を示すべき時には示さねばならない。
坤卦上六「龍戦于野(りゅうせんすや)」——この爻は坤卦の究極の警告だ。私はここでつまずく人を大勢見てきたし、私自身もそうだった。
先日、ある読者からメッセージが届いた。
彼女は結婚して5年、ずっと良い妻、良い嫁であろうと頑張ってきたという。夫が帰宅すればお茶を出し、姑が来れば体調を気遣い、家の大小さまざまなことで、いつも他人を優先して自分を犠牲にしてきた。
彼女は「自分が十分に良ければ、この家はうまくいく」と思っていた。
結果はどうだったか?
夫はますます当たり前のようになり、彼女が何をしても当然だと思うようになった。姑はますます細かくなり、あれができていない、これが足りないと文句をつけるようになった。小姑にまで、あれこれ指図されるようになったという。
彼女は「もう壁際まで下がっているのに、どうして彼らは満足してくれないの?」と言った。
私は「あなたが壁際まで下がったから、彼らが満足しなくなったんだよ」と答えた。
彼女は「どういう意味?」と聞いた。
私は「『龍戦于野、其血玄黄(りゅうせんすや、そのちはげんこう)』。坤卦の最後の爻が、まさに今のあなたの状況を語っているんだ」と言った。
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「龍戦于野」は一体何を語っているのか
坤卦上六の爻辞:「龍戦于野、其血玄黄」。
坤卦上六は坤卦の最も上の爻で、陰が極まった状態だ。陰が極まるとどうなるか?陽と争いになる。
龍は本来、乾卦の象徴であり、陽のシンボルだ。だが坤が頂点に達すると、ここにも龍が現れる——二匹の龍が野原で戦い、流れ出た血は黒と黄色が混ざり、天と地の血が混ざり合っている。
なぜこうなるのか?
陰が多すぎて、これ以上増えられないほどになると、逆の方向に転じるからだ。物事は極まれば必ず反転し、柔らかさが極まれば剛さが生まれる。人間も長く譲り続ければ、爆発するか崩壊するかのどちらかだ。
坤卦は一貫して、柔らかさ、包容力、「厚徳載物(徳を厚くして物を載せる)」を教えてくれる。だが最後の爻では、逆に警告してくる——ただ譲ることだけを知ってはいけない。譲りに譲った末に待っているのは、血のにじむ戦いだと。
この道理は、多くの人がつまずいて初めて理解するものだ。
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なぜ「お人好し」は一番傷つきやすいのか
私の知る限り、お人好しは最後に良い目に遭っていない。
「良い人に報いがない」と言っているのではない。**境界線のない優しさが育てるのは、感謝ではなく貪欲さだ**ということだ。
**第一に、あなたが一歩下がれば、相手は一歩前に出る。**
人間の性というものだ。最初に譲れば、相手は「この人は話しやすい」と思う。二度目に譲れば、「この人は気にしない」と思う。三度、四度となる頃には、もう譲らないわけにはいかなくなる——「どうして譲らないの?前までは全部譲ってくれたじゃない」となる。
さっきの読者のように、最初は「家族なんだから、細かいことは気にしなくていい」と思っていただけかもしれない。だが下がる一方で、最後には下がる場所がなくなった頃には、周りは「彼女が変わった、彼女が悪い」と思うようになる。
これがお人好しの悲劇だ——百回の優しさでも、一回の感謝には換えられない。だが一回でも優しくしなければ、それまでの百回の優しさが全部消えてしまう。
**第二に、あなたが包容すればするほど、相手は「この人は怒らない」と思う。**
お人好しには特徴がある——怒らないことだ。
なぜ怒らないのか?人に嫌われたくない、関係がこじれるのが嫌だ、「自分が小さい人間だ」と思われたくないからだ。だから心の中では怒りが煮えくり返っていても、顔では笑って「大丈夫、大丈夫」と言ってしまう。
だが他人は、あなたが「度量が大きい」とは思わない。ただ「この人には線がない」と思うだけだ。
「どうせ怒らないんだから、少しくらいいじめてもいいだろう」「どうせ断らないんだから、何度も頼んでもいいだろう」となる。
最後には、誰もが「この人は話しやすい」と思うようになる。「話しやすい」の同義語は、「いじめやすい」なのだ。
**第三に、抑え込んだ感情は、遅かれ早かれ爆発する。**
お人好しに感情がないわけではない。ただ全部抑え込んでいるだけだ。
だが感情というものは、一時的には抑えられても、一生抑え続けることはできない。消えることはなく、ただ溜まっていく一方だ。溜まりきれなくなった日、ちょっとしたきっかけで一気に爆発する。
爆発するときは、たいていささいなことがきっかけだ。
周りは訳が分からない——「こんなことで、そんなに怒ることある?」と思う。
自分だけが知っている——これは一回のことじゃない、百回、千回と溜め込んだものが爆発したんだ、と。
坤卦上六が言う「龍戦于野」は、まさにこの状況のことだ——一生我慢してきたのに、最後には戦いになってしまう。しかも誰よりも激しく戦う。抑え込んできた時間が長い分、その反動も大きいからだ。
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「龍戦于野」の事態にならないためには
坤卦は良い卦だが、一本道を突き進んではいけない。
坤の「受け入れる力」を保ちつつ、「龍戦于野」の事態にならないようにするにはどうしたらいいか?私は三つのことが大切だと思う。
**一つ目は、自分の線を引くこと。**
「線」とは何か?絶対に踏み越えられたくないラインのことだ。踏み越えられたら、必ず反撃する。
「線は引いてるけど、みんな平気で踏んでくる」と言う人がいる。
それは相手の問題じゃない。踏まれたときに反撃しないあなたの問題だ。口で「これが私の線だ」と言うだけで、踏まれても何もしないなら、それは線なんかじゃない。ただの飾りだ。
線は「宣言するもの」じゃない。「実行するもの」だ。
初めて誰かがあなたの線を踏んだら、すぐに「これは踏んじゃダメだよ」と伝えなければならない。たとえケンカになったり、仲が悪くなったりしても、構わない。
今日このルールを決めておかなければ、今後もっと多くの人が踏んでくる。そうなってからルールを決めようとしても、代償はずっと大きくなる。
**二つ目は、主張すべきときは主張すること。**
お人好しの一番の欠点は、「遠慮して主張しない」ことだ。
利益を遠慮し、手柄を遠慮し、「これは私にも関係ある」と言うことを遠慮する。いつも「まあいいか、損するのも福のうちだ」と思っている。
「損するのが福かどうか」は、自分から進んで損したのか、それとも嫌々損させられたのかで決まる。
自分から進んで損するのは、「器が大きい」ということだ。例えば「今回は譲って、今後の協力をスムーズにしよう」と自分で分かっている場合だ。
嫌々損させられるのは、「情けない」ということだ。明らかに自分のものなのに、遠慮して取りに行けず、相手に持っていかれて、一人でこっそり悔しがるような場合だ。
前者は坤の知恵だが、後者は坤が極まった愚かさだ。
**三つ目は、嫌なことは「嫌だ」と伝えることを覚えること。**
多くの人は、人付き合いで嫌なことがあっても言わずに自分の中に溜め込む。溜め込んでいるうちに、大きなトラブルになってしまう。
実際、人間関係のトラブルの大半は、話せば解決するものだ。あなたが言わなければ、相手は本当に「あなたが気にしている」と知らないかもしれない。
あなたは「普通は分かるだろう」と思うかもしれないが、相手は「こんなことで気にする?」と思っているかもしれない。
誰もがそんなに共感力が高いわけじゃない。何が嫌で、何が不満なのか、言葉にして初めて相手に伝わる。
「感情を伝える」のは「怒鳴る」のとは違う。「この件はちょっと嫌だった」と冷静に言うだけでも、何も言わずに溜め込むよりずっといい。
坤卦には「括嚢(かつのう)——袋の口を縛る」という爻がある。多くの人は「黙っておけ」と解釈するが、実は違う。「括嚢」は「言うべきことは言い、言わないほうがいいことは言わない」という意味で、何もかも黙っておくことではない。
何もかも黙っているのは「括嚢」じゃない。自分を病気にしてしまうだけだ。
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本当にできる人は、「坤の中に乾がある」
ここまで色々言ったが、だからといって「全世界と敵対しろ」と言っているわけではない。
坤卦の知恵はやはり素晴らしい——厚徳載物、包容と協調、控えめで謙虚であること。これらはどれも、人が長く歩いていくための大切な資質だ。
だが良いものでも、使いすぎてはいけない。
塩は良い調味料だが、入れすぎれば料理は食べられなくなる。柔らかさは良い資質だが、行き過ぎれば弱さになる。
本当にできる人は、「坤の中に乾がある」。
普段は控えめで気さくで、鋭さなんて感じさせない。だがいざというときになると——鋭さがないんじゃなく、普段は隠していただけだ、と気づかされる。
彼は包容力があるが、何でもかんでも許すわけではない。
彼は譲ることができるが、何でもかんでも譲るわけではない。
彼は協調することができるが、自分の原則がないわけではない。
大地のようなものだ。
大地は万物を載せ、一番柔らかいように見える。だが地震が起きれば、山が崩れ地が裂け、誰にも止められない。
これが坤の本当の力だ——普段は厚徳載物だが、本気で怒らせれば「龍戦于野」になる。
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最後に
あの読者は後日、夫とじっくり話し合ったと教えてくれた。
この数年の自分の辛さ、自分の頑張り、自分の線を全部伝えたという。「前までは家族なんだから細かいことは気にしなくていいと思ってた。だけど、気にしないでいたら、あなたたちは私に感情がないと思うようになっちゃった」と言ったそうだ。
彼女が話し終えると、夫は長い間黙っていたという。
その後、夫はずいぶん変わった。家事を進んで手伝うようになったし、彼女の気持ちを考えてくれるようになった。姑のことも、夫が自分から話し合いに行ってくれるようになった。
彼女は「言ってみたら効果があったなんて、もっと早く言えばよかった」と言っていた。
ほらね。
多くの場合、他人はわざとあなたを傷つけているんじゃない。ただ、あなたにも痛みを感じる心があることを、あなたがずっと伝えてこなかっただけだ。
坤卦上六の警告は、「棘だらけの人になれ」と言っているんじゃない。
教えてくれているのは——「優しくていい。だけどあなたの優しさには、少しの鋭さが必要だ」ということだ。
さもなければ「龍戦于野」の日が来たとき、傷つくのは間違いなくあなただ。