物事がうまくいかない時の調整法は?古人が否卦の知恵で旅行の難題を読み解く様子に学ぶ
天地否が天雷無妄に変わる出行の卦占いの事例から、古人が卦象の思考で意思決定の難題をどのように解きほぐしていたかを見る。
北宋の時代、張生という書生がいた。清明の前に友人を誘って郊外へ春の行楽に行こうと思っていたが、出発の数日前に限って雑事が続いた。書童が風邪をひき、予約していた馬車は他の家に貸し出され、荷物をまとめている最中にも墨壺を倒して新しい着物に墨をこぼしてしまった。張生は眉をひそめて『周易』を繰っていたが、読めば読むほど今回の旅行はだめになるかもしれないと思い、その時の刻で占ったところ、本卦は天地否(てんちひ)、初爻が動いて変卦は天雷無妄(てんらいむもう)となった。
この卦が出ると、そばで教えをしていた老先生が寄ってきて見て、ひげを捻って笑った。「これは典型的な出だしの不調だが、悪いことばかりとは限らんよ」。張生は慌てて礼をし、物事がうまくいかない時にどう調整すればよいか、いっそ旅行を取りやめるべきかと尋ねた。老先生は手を振って、まず卦の理を解きほぐしてくれた。本卦は否で、乾(天)が上、坤(地)が下。陽気は上に昇り、陰気は下に下がる。二つの気がぶつからないので、当然滞りが多い——君のここ数日の出発前の状況のように、何をやっても行き詰まり、何かに足を取られているようなものだ、と。
だが動爻は初六にあり、爻辞には「茅(かや)を抜くには茹(ひげ)を以てし、その汇(なかま)となす。貞(てい)なれば吉、亨(とお)る」とある。老先生は爻辞を指して張生に説いた。「ほら、茅を抜く時は根っこから一緒に引っ張るもので、あちこち一本ずつ引っ張るものではない。旅行も同じ理屈だ。君はこれまであちこち手を出して、車を予約したかと思えば着物を片付けたりして、当然混乱する。準備を順番に整えて、一つずつ確実にこなしていけば、自然と通り道は開けるものだ」。張生は考えてみると、本当にその通りだった。ここ数日は思いつくままに行動して、段取りがなっていなかったから、当然どこへ行っても壁にぶつかるのだ。
老先生は続けて言った。互卦は風地観(ふうちかん)で、道中で急いではいけない、周りをよく見るように、という意味だ。「どうしてもあの名所に行かねば、あの店で食べねば」とばかり思っていると、かえってイライラしやすい。ゆっくり歩いて、きれいな景色があれば足を止めていれば、思いがけない喜びがあるものだ。変卦は天雷無妄で、一番いけないのはその場の思いつきで無闇に動くこと——途中で「あっちの方が面白い」と人に言われて道を変えたりせず、当初の計画通りに進めば、きっと無事に帰れる。
張生は話を聞いて心の大半が落ち着き、さらに滞りへの対処法を尋ねた。ただ黙って滞りが来るのを待っているわけにもいかない、と。老先生はいくつか実際的な助言をしてくれた。一つ目は、三日前に荷物、ルート、車馬をすべて手配し、それぞれリストを作って、終わったものから消していくこと。出発間際に慌てて物を探すようなことがないように。二つ目は、行程を詰め込みすぎないこと。午前中に一か所回ったら、午後は茶屋に座ってゆっくりするくらいがよい。科挙の試験を受けに行くより疲れるようなことはするな。三つ目は、どうしても判断に迷うことがあれば、年長者や現地の役人に尋ねること。自分だけであれこれ考え込むな。乾卦は長者に対応するから、困った時は口を開けば、誰かが手を貸してくれるものだ。
張生は老先生のやり方に従って一つ一つ手配し、出発の日は案の定すんなりと事が運んだ。郊外に着いてみると、予定していた桃の林は観光客に踏み荒らされて足の踏み場もないほどだったが、彼は怒りもせず、畦道を脇へ脇へと歩いていくと、野生の杏の林に出くわした。花が咲き乱れ、誰も取り合うこともない。彼は友人と木の下で酒を半壺飲み、何首も詩を詠んで、予定の行程よりも快適な時間を過ごした。
実のところ、『周易』の卦象は人に絶望を与えるものでは決してなく、経験豊かな老人が、道で踏みそうな落とし穴を前もって教えてくれるようなものに近い。選択に迫られた時はどうすればよいか? 目の前の小さな不調に囚われて尻込みするのではなく、まず準備をしっかりと整え、それから段取り通りに進んでいけば、行く手を塞ぐように見えた壁も、いつの間にか道沿いの風景に変わっていくものだ。