沈鶴亭の硯探し——乾卦初爻の物語
明の嘉靖年間、金陵の収集家・沈鶴亭は金石にひどく凝っていた。栖霞山に隠れ住む僧・慧空のもとに、宋徽宗が賜った「潜龍硯(せんりゅうけん)」が蔵されていると聞くと、多額の金を携えて山に入り、買い求めようとした。
慧空は古稀を超えており、目を閉じて経を唱え、金や絹をまるで見ないように、ただ淡く「硯は寺にありますが、縁がまだ訪れていないので、手に入れることはできません」と言った。沈鶴亭は僧が珍しい品を握って高く売ろうとしていると思い込み、寺のそばに家を借りて住み、毎日のように門をたたいて粘り強く頼み込み、ひいてはこっそり使用人を夜に禅房に忍び込ませたりしたが、何の成果も得られず、かえって慧空に門を閉ざされて会ってもらえなくなってしまった。
ある日、慧空は突然沈を後山の深い潭のほとりに呼び、潭の水を指して言った。「施主が硯を探すのは、盲人が象を触るようなものです。この潭は潜淵(せんえん)といい、硯も潜龍といいます。あなたは心が浮ついて焦っており、外に求めて無理をしていますが、物の理を知っているのでしょうか」。沈鶴亭は理解できず、憤りを抱いて帰った。
その夜、秋雨が降り続き、沈鶴亭は寝返りを打って眠れなかった。翌朝、再び潭の辺りに行くと、潭の水は青く澄んで深く測り知れなかった。水面には落ち葉がときおり旋回していたが、少しの波も立たなかった。ふと潭の底に墨色の大きな影が隠れてうごめかず、淵の水と一体になっているように見えた。沈鶴亭は長い間見つめているうちに、心の焦りが次第に消えていった。ふと『易経』の乾卦(けんか)の初九(しょく)の言葉「潜龍、用うること勿れ」を思い出した。龍が深淵に潜んでいるのは、能力がないからではなく、時機がまだ訪れていないからであり、忍んで勢いを蓄え、軽々しく動いてはならないのだ。自分は物を探すのに、貪りと怒りに満ち、ただ自分のものにして里で自慢したいと思っていたが、これは「妄用(むよう)」である。古物には霊があるのに、貪欲な男の前に現れるはずがないではないか。
沈鶴亭ははっと悟り、深く地面まで頭を下げて礼をし、それ以来硯のことは一切口にしなくなった。金や絹を片付け、使用人を帰し、毎日ただ潭の辺りで茶を沸かして静坐し、雲の流れを眺め、松の音や鳥の鳴き声を聞いて過ごした。心境は次第にこの潜淵の水のように澄み切って波がなくなり、物を得たいという執着もなくなっていった。
冬が去り春が来たある日、突然山津波が発生し、潜淵の水があふれた。水が引いた後、潭の辺りの泥の中に、なんと一方の古硯が姿を現した。硯の裏には蒼龍が彫られ、深淵にとぐろを巻いて鱗が見え隠れしており、まさにあの「潜龍硯」だった。
慧空がゆっくりとやって来て、古硯を拾い上げ、泥を払って沈鶴亭に渡し、微笑んで言った。「龍は淵に潜み、その鋭さを用いません。時を待って動いてこそ、真の姿が現れるのです。施主は今日、この硯にふさわしくなられました」。
沈鶴亭は両手で硯を捧げ受け、手に触れると温かみがあったが、物を得たという狂喜はなかった。彼は深い潭を眺めると、水面には波が立たず、ただ清風が松林を撫でてさらさらと音を立てるだけで、天地の奥深い道理は、もともと言葉にならないところにあるかのようだった。