子摯が泥んこ遊び――乾卦(けんか)の物語:「見龍在田、大人に見るに利あり」
殷の末、朝歌は奢靡を極めていたが、殷郊の籍田には、子挚(ししつ)という下級貴族が「泥遊び」をしていた。
子挚はただの田畯(でんしゅん)に過ぎなかったが、眉目は清らかで、気品は並外れていた。彼は他の者のように奴隷の労働を督促するだけでなく、自ら溝を測り、水の図を描いていた。ある日、卿士(きょうし)の商晏(しょうあん)が王畿を視察する命を受け、車馬が殷郊に差し掛かったとき、一人の青年が田んぼのあぜに立ち、枝一本で泥の中に複雑な溝の図を描いているのを見かけた。
商晏はもともと高潔な士で、この田官が本業を怠って「落書き」をしているのを見ると、車を降りて歩み寄り、ややからかうように尋ねた。「足下の泥の中の絵は、もしかして雨神を祀る符か?雨を願うなら、直接牛を数頭殺せばいいのに、このでこぼこの溝を描いて何の役に立つのか?」
子挚は手の泥を払い、頭を上げて朝の貴臣であると見ても慌てることなく、拱手(きょうしゅ)して笑った。「大人のご察しの通りです。牛を殺して雨を願っても、雨神が腹を満たすだけで、田んぼは渇いたままです。臣が描いているのは、水を引くための渠(きょ)です。牛の骨で吉凶を占うことはできますが、この泥の中の溝は、秋の収穫を万石(ばんせき)も保証してくれます。大人がこの泥を目障りだとお思いなら、臣は今すぐ消します」
商晏はこれを聞いて怒るどころか、強気でも弱気でもなく、嫌味を含んだその答えに笑ってしまった。彼は身をかがめて泥の図を詳しく見ると、その水脈の流れや、水を溜めたり流したりする理が天道にかなっており、机上の空論ではないことに気づいた。
「名は何という?」商晏は軽んじる気持ちを収め、真剣な表情で尋ねた。
「臣は殷郊の田畯、子挚と申します」
商晏は髭を撫でて大笑いした。「さすが子挚だ!朝歌の城で鬼神や明堂(めいどう)を口にする貴族たちが、お前の半分でも実務的だったら、大邑商(たいゆうしょう)が磐石でないはずがない。お前というドジョウは、結局は池の中の物ではないな。明日、私に従って入朝せよ。大王はまさに穀物を治める臣を必要としておられる」
子挚は少し驚いたが、すぐに顔を引き締めて深く拝した。「臣、かしこまりました」
商晏は車に乗って去り、塵を巻き上げた。子挚は身を起こし、車馬が消えた方向を眺めてから、足元に描き終えたばかりの水の図を見下ろした。この野を離れ、権謀が渦巻く朝歌に足を踏み入れることこそ、本当の試練だと彼は知っていた。
夕日の余韻が殷郊の荒野に降り注ぎ、金色の麦の波が風に揺れていた。潜龍(せんりゅう)はすでに野に現れたが、淵から飛び立つには、大人の風雲を借りる必要がある。その風雲が恵みの雨なのか、それとも暴風なのか——明日の朝歌の朝陽を待つほかない。