困難に直面したらどうするか?王陽明は龍場で易の理に基づいて心学の処方箋を示した
王陽明は竜場の窮地に左遷された際、『易経』を読み込む中で心学の真髄を悟り、困難に直面した時の対処法を説く古の智慧を私たちに伝えてくれる。
明の正徳3年、貴州竜場の洞窟に、罪を着せられ左遷された役人が住んでいた。この男こそ王陽明で、錦衣衛の詔獄から這い出し、困難の道のりを経て西南の辺境にたどり着いた。住まいは洞窟、食べ物は山菜、周りには気の合う話し相手すらいなかった。普通の人ならとっくに落ち込んでいるところだが、王陽明は違った。彼は洞窟に茣蓙を敷き、毎日座り込んで『周易』を読み耽り、この洞窟に「玩易窯(がんえきかい)」という雅号をつけた。
竜場に着いたばかりの頃、王陽明だって逃げ出したくなったことはあった。官界での失意、見通しの立たない前途——誰だって「うまくいかない時はどうすればいいのだろう」と愚痴るものだ。彼は『周易』をめくって占いを立て、卦の象と爻の辞を見て、突然ひざを叩いた。「なるほど、今まで全部間違って理解していたのだ!この卦は災いを避ける方法を教えてくれるのではなく、どんな状況でも背筋を伸ばして生きる方法を教えてくれるのだ」と。
『玩易窯記』にはっきり書かれているように、彼はその頃「象を観じ辞を玩び」「変化を観じ占いを玩ぶ」うちに、ますます悟りを開いていった。現実から逃げるのは結局運任せの博打で、勝てば儲けものだが、負ければ地獄行きだ。それよりも自分の良知と徳性を守り続ける方が、一見ゆっくりに見えて、実は一歩一歩確実に前に進んでいるのだ。このことに気づいた彼は、洞窟の石の台を机代わりにして、格物致知の道理を専心して研究し始めた。
ある夜のこと、彼がうたた寝していると、突然頭を棒で殴られたような衝撃を受け、はっと起き上がって、つぶやいた。「聖人の道は、私の性に本来備わっている。これまで事物の外に理を求めていたのは間違いだった!」洞窟を守っていた召使いはびっくりして、この先生が寝不足でおかしくなったのかと思ったが、それが後世で有名な「竜場の悟り」だったのを知る由もなかった。
「これがよく言う『状況を見極める方法』と何の関係があるの?」と思う人もいるかもしれない。大いに関係がある。以前の王陽明も皆と同じで、問題にぶつかると外に答えを求めていた。「皇帝はなぜ私を嫌うのだろう?」「同僚はなぜ私に敵対するのだろう?」「環境はなぜこんなに悪いのだろう?」と。悟りを開いて初めて、答えは外にはなく、自分の心の中にあることに気づいたのだ。
孟子が万章と舜の話をしたのと同じように、象は毎日舜を殺そうとしていたのに、舜が天子になると逆に彼を有庳に封じた。周りの人は舜は度量が大きいと思ったが、実は舜の心の中ははっきりしていた。「私が守るのは孝悌の本心だ。象がどんな悪さをしようと、それは彼の問題だ」。ほら、これって王陽明の言う「吾性自足」と同じ趣旨ではないだろうか?
後に竜場の近くの庶民が、洞窟に学問のある先生が住んでいると聞いて、講義をしてもらいにやってきた。王陽明も威張ることなく、石を持ってきて講義を始めた。話すのはどれも身近な道理ばかりだ。「困難に遭ったらどうする?慌てるな、まず自分の良心に問うてみろ。これはやるべきことか?やるべきなら、たとえ刀山火海でも行かねばならない。やるべきでないなら、黄金で道を敷かれても手を出すな」と。
彼はわざわざ『玩易窯記』を書いて、この心の遍歴を記した。核心的な意味はただ一つ。『周易』は決して現実から逃げるための説明書ではなく、困窮の中でどうやってしっかり立ち、正しく歩むかを教える人生の指針なのだ。毎日占いで厄除けをしようとする人は、結局自分の本心を失っているのだから、道は当然どんどん狭くなっていく。
今の多くの人は、問題にぶつかるとすぐ不安になり、近道や後ろ盾を探そうとする。だが、当時左遷された王陽明に比べれば、私たちの状況は比べ物にならないほど恵まれている。もし本当に耐えられないと思ったら、陽明先生を見習って、まず心を落ち着け、自分のやるべきことをしっかりやるといい。昔から言われているように、「君子は命を捨てて志を遂げる」。本心さえしっかり立っていれば、どんなに難しい壁も、いつか乗り越えられる日が来るのだから。